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龍穏寺の龍神伝説〜元祖チート武将と数々のシンクロニシティ~



▶いざ、龍穏寺へ〜異次元への扉〜

ご神気に満ちた林道、少し進むと「山門」が。

ここでは三つの重要文化財に出逢えるぞ。
経蔵、梵鐘、山門・・・

▶葉月、毘沙門天となる

山門の中におわすのは・・・毘沙門天様
北を守る守護神であり
福徳や財宝を司る神・戦勝祈願の神
である。

そして、門をくぐると・・・
鳥居、観音様、階段、梵鐘

多くの情報が視界へなだれ込む。

右の奥へ行くと・・・
なんと!!毘沙門天になれる。

筆者が毘沙門天になったツイート(ポスト)はコチラ⤵

山門の階上の格天井に描かれている絵画


観音様の足元に「江戸城外濠の石」

コチラ、あの江戸城に架かってた橋の石
ホント長旅お疲れ様です(そこ?)
お城ファンにとってはなかなかアツい

ここから左に行くと・・・

▶龍ヶ谷熊野神社

古事記の神話を題材にした壁画
が彫られてる!!
熊野神社がある。


■ご祭神:須佐之男命(スサノオノミコト)
■ご利益:ご縁結び
■彫刻
天照大御神の天の岩屋戸から出た瞬間
龍が天から降りてくる様子

〜天照大御神の天の岩屋戸から出た瞬間〜
少々分かり辛いかもだが。

〜龍が天から降りてくる様子~

正面階段を上って右へ行くと、銅鐘。

銅上に龍神様、発見!!

階段を上がるといらっしゃるのが・・・

▶元祖チート武将、太田道灌(どうかん)~数々のシンクロニシティ~

太田道灌とは!?

この銅像は1486年8月26日
超・優秀過ぎた道灌は
当主により恐れられ暗殺・・・

その500回忌にあたって1985年に建立

ここで気づく。
そう、1985年と言えば・・・
筆者、葉月が生まれた年!!
(1985年8月1〇)

ここから、筆者、母、守護龍の会話⤵

もちろん
他にも深い関係があるのでは!?
と思った理由(シンクロニシティ)もあって

あの手塚治虫も描いている。(高田馬場駅)

母の成人式に、あの手塚治虫氏が来た話(過去ツイート)

母から龍穏寺に誘われた後に起きた、引き寄せ。このお蔭で筆者は太田道灌が如何に凄い方だったのか知る事となる(過去ツイート)

▶龍穏寺〜龍神伝説〜

待ちに待った、本題!?である。

ここに龍神伝説が書かれてるのでどうぞ!!
・・・って、読めるかーい!!

・・・あんまり、まとまってないな(笑)詳しくはコチラhttp://youzantei.la.coocan.jp/mitisirube/ryujindensetsu.html


社務所にて。ここで太田道灌を大河ドラマへ!!
という署名がかけるぞ。母が色々買ってるなと思ったら・・・

妻と自分に色々と買ってくれていた、お守り(右)。筆者は、毘沙門天の御朱印で満足してたのだが、まさかの母から。嬉しすぎる。

▶太田道灌が眠るお墓へ〜龍神の化身、現る〜

お墓へ行くには、少々急な階段が・・・

ここに、太田道灌とその父が眠る。
挨拶して参りました。

この先に進むと・・・
太田道灌の師含めた
代々和尚さんが眠るお墓が。
あまりにも神秘的な祭壇にも見えたので、撮ろうとしたら

妻「撮らないで」

同じく妻も、最初はスマホで撮ろうとしていたが、彼ら(この辺りに住む霊達?)に何か言われたか、察したか。詳細は、教えてくれませんでした(気になる)

まあ、妻に言われる前に撮ったのがありますが(笑)
それは上げない事にします。

その代わりにと言ってはアレですが。
龍神の化身がその階段に現れたのでどうぞ。

霊の休まる場所であり
生きてる人にはパワーを与える場所
となっている霊力が非常に強い所らしい。

今更なのですがこの「龍穏寺」。
曹洞宗で関東3大寺の一つでした。
要はめちゃくちゃ影響力のあったお寺
(明治維新?で権威失う)

下記はお経堂
曹洞宗の道元さんの帰国してるシーンあり(彫刻)

〜追伸〜
ここまで読んで頂き
誠にありがとうございました!!
全て一応ノンフィクションです
(実話。伝説もきっと)

山吹の里の公園・・・
何度か遊びに行ったのですが
まさかそんな伝説があったとはつゆ知らず。

母に龍神の話をして
なんとなく知ってた「龍穏寺」
初めて行く事になって・・・

龍神様とのご縁を深く感じられた
最高の機会となりました。
母に、祖母に、全てに感謝。

あ、車出ししてくれた父(タクシードライバー)にも。
筆者は超・ペーパーなのである。

※山吹の里とは?
https://ogose-kanko.jp/tourist_attractions/yamabuki-no-sato/

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