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率直に言う。『BITE ME』原作の翻訳本がひどすぎる
2021年から日本でもU-NEXTにて独占配信中のタイドラマ『BITE ME』。
タイ風イタリアンレストランを運営するシェフと、料理が大好きで才能のある大学生の恋愛を描く物語。
その映像の美しさと、監督の「全てを語らない」というモットーからセリフが少なく、ゆったりとした時間の流れに定評がある。 個人的には、シェフへのツッコミが止まらないのだが、結構辛辣に大学生Aekが本人に問うてくれるので謎の爽快感かあるところも好きだ。
持ち前のゆったり感が、これまで激流に飲まれ揉まれ続けたタイ沼民には遅く感じることもあり、倍速で観たというケースも聞く。
その人たちも含めて、私の周りでは結構な人が観ていて、オススメされることもチラホラ。
爆発的人気とまでは言わないが、確実にファンを獲得していっている。
その証拠として、2022年1月21日にKADOKAWAから、原作の日本語訳本『Grab a Bite』が出版された。
あの角川書店からだ。
例のごとくTLには喜びの声が溢れるだろうと思っていた。
蓋を開けたらどうか。
悲鳴をあげて、怒りを顕にしている人がいるじゃないか。
タイドラマ原作の翻訳本が酷いなんて、私達は経験済だ。だけど今回は話を聞いていたら、翻訳したのはプロでさえない一般人だという。
おそらく今作が、彼女のデビュー作となることだろう。
まあ、初心者だからという理由だけで批判するのは……と思い、恐る恐る数ページ試し読んでみた。
え、ひどい。
セリフが文章の中に入っている……? 改行は……?
何を言っているんだ? 直訳すぎてわからん!
そこひらがなで、そこ漢字なの……!?
カッコ多いな!!
ツッコミでなのか、そもそも文章として読みにくいのかもう分からないが、驚くほど内容が入ってこない。
これでお金を取れると思った理由を教えてほしい。正気か?
編集は何をしていたんだろうか。翻訳した彼女ではなく、これは完全に編集が悪い。
プロとして載せていい文章じゃない。自社の信頼だけじゃなく、彼女の経歴にも泥を塗ったことを自覚してほしい。
そんな文章はここから読める。
私は小説はあまり読まないし、プロでもなんでもない。
ただ、一度誰かの目が入っていればこんなことにはならなかっただろうと、重い重い腰を上げて赤ペンを取った。
数行で赤文字が余りにも多く、見にくくなってしまったので、頭の中で校正し、文字を打ち込む形に変更。そして一校目の原稿ができた。
小説の素人が校正しても、少なくともこうなるのだ。冒頭の数ページだけ、校正後の文章を下記に載せる。
参考程度に見比べてみてもらいたい。
最後にもう一度言う。悪いのは翻訳家ではない。彼女は翻訳家になるまでの順序を間違えただけ。
採用し、校正を怠った出版社がすべての元凶だ。
第一章 いつまで待たせるつもりだ
「……予算案というのは、一般的なビジネスのキャッシュフロー計算書を作成し、分析する上で非常に重要となります。それがあることで一定期間内で現金がどのように推移しているかが確認できるわけです。この授業では計算書の作成と分析について説明します」
"スパイシーなゲーンアンスープのカレーペーストに使う材料は、赤玉ねぎに塩、カピ※1、パクチーの根、胡椒、干しエビ”
レシピをノートに書き終えた大学生のエークは、ペンを回しながら眉間に皺を寄せる。
「企業はキャッシュフローを活用することで、三つの現金の動きを確認できるようになります。営業キャッシュフロー、投資キャッシュフロー、そして財務キャッシュフロー……」
それからニンニクに鷹の爪、レモングラス、ガランガル、コブミカンの皮、揚げた小魚を加えて、オオバンガジュツも入れたほうがいいかな? 口角を上げてペンを回しながら、さらに十もの材料をノートに書き記していく。授業と関係ないことに夢中になっている僕の耳には、中級会計学のダラーラット教授の声は一切届いてこない。
「エーク」
隣の席のウィットが小声で話しかける。
「ちゃんとノート取ってるか?」
「ああ」
「まさか、またレシピ書いてんのか? 前の試験でも落ちかけただろ、ちゃんと勉強しろよ!」
ウィットがノートを取り上げながら言う。
「おいおい、ハーブの名前だらけじゃないか」
エークはため息をつき、椅子にもたれながら腕を組んだ。端正な顔にうんざりとした表情を浮かべ、鋭い目つきでプロジェクターから映し出された資料を睨みつける。
「レシピを書いてないと絶対に寝落ちするんだって」
「眠気覚ましにレシピを書くヤツなんて聞いたことないよ。スマホでフェイスブックかインスタグラムでも見ればいいじゃん。本当に変なヤツだな」
ウィットは不審がりながらも、ノートを机に戻しながら続ける。
「そういえば、ポックとビーが、夜にグループワークを進めるから帰って来いだって。八時からな」
わかったと頷き、ノートを自分の前に戻すとレシピの続きを書き進めた。目をつぶり、地元にある木造高床式住居の食堂を想像する。コンクリート柱に支えられた床下の厨房には、カレーペーストをすり潰す音が響き渡り、具材が熱々の油に触れた瞬間に奏でる香りのハーモニーが充満している。ステンレス製のフライ返しが中華鍋の底にぶつかり、鳴り響く金属音。そこにエークを育て上げた母の柔らかな笑顔が現れた。口も閉じて、考案中のレシピの香りや色、見た目をクッキリとイメージする。
「もう少しパームシュガーを足したほうがいいな」
そっと呟き、分量を書き換える。ウィットは呆れた様子で頭を振っていた。
午後四時。ようやく講義が終わった。急いでリュックを背負い、クラスメイトにバイバイして、せかせかと会計学部棟前の駐車場へと向かう。
二十一歳の僕の生活は他の学生と少し違っていた。僕を一人で育て上げた母は、借金を背負っているから、決して裕福な家庭とは言えない。これ以上母に負担をかけまいとバンコクに上京し、生活費や食費は自分で工面することにした。そこで、母が大学の合格祝いにと買ってくれた中古のギア付きバイクで、精神的にも肉体的にもくる配達のアルバイトを始めた。
僕が大学に通うことを、母は何より喜んでいた。息子に会計学部を卒業して、安定した職に就いてほしいそうだ。
慣れた手つきで鮮やかな緑色のジャケットを羽織り、料理を入れるための保温バッグを後部座席にセットする。頭をかいて眠気を誤魔化し、スマートフォンで配達依頼用のアプリを起動させる。
これまでもホールスタッフやコンビニ店員など、さまざまなアルバイトを経験してきたが、<食事の宅急便>というアプリが登場してからというもの、これ一筋だ。自由な時間が限られている僕にはうってつけの仕事。とはいえ課題や勉強と両立するとなると件数はさほどこなせないのだけど。それでも一日あたり数百バーツ、休日には千バーツほど稼げれば、食事や日用品代、寮費、ガソリン代は十分に賄える。
起動した直後に、最初の配達依頼がきた。同じ大学寮に住んでいる学生が、ここから三キロ離れたレストラン《満腹・ウア》の料理を注文している。ラッキーだ。すぐに承諾ボタンを押した。こんなにも近くで済むなら、約束の夜八時までにあと何件か配達できそう。
そんなぬか喜びも束の間。今、店内の混み具合に唖然としている。
「嘘だろ……」
ヘルメットを外し、周りを見渡す。緑が生い茂る一画に建つ、白く美しいモダンテイストなレストランの店内は、その外観とは裏腹に人でごった返していた。看板の美味しそうな料理の写真から見るに、おそらくタイ風にアレンジされたイタリアンのお店だろう。
ドアを開けて店内に入る。やはりほぼ満席のようだ。すぐさまスタッフのいるカウンターへ向かった。
「オーダーナンバー五十六です。あと何分くらいでできあがりますか?」
若い女性スタッフがレジの画面からこちらに目線を向けた。配達員が色白で可愛らしい青年だとわかると、表情を明るくさせた。
「今日はオーダーが立て込んでいるので、三十分以上はかかると思います。あちらの椅子にお掛けになってお待ちください」
思わず腕時計を確認した。短い時間で件数を稼ごうだなんて甘い考えは、捨てたほうが良さそうだ。だからといって、注文のキャンセルはしない。総合評価を下げてボーナスに響かせるわけにはいかないのだ。ひとまず依頼主へ到着までに少し時間が掛かりそうだとメッセージを送っておく。すぐに、ありがとうございますと返ってきた。
若い女性スタッフのいるレジの裏には、このレストランをこれほどまでの有名店にさせたキッカケが眠っている。スタッフが慌ただしく、騒がしく、そしてひしめき合う厨房が、あの壁の向こうには広がっている。黒地にグレーのラインが入った服を身に纏ったアシスタントたちが、一斉にグレーのエプロンの腰紐をきゅっと締め直す。同じ制服を着た若いシェフが、堂々と胸を張って彼らに指示をする素振りを見せた。その瞳を子供のように悪戯っぽく煌めかせて右手を挙げ、みんなに暫く仕事を中断して耳を傾けるよう合図した。
「ウア・シェフを愛してやまない、親愛なる厨房のみんな。これから話すことをよく聴いてほしい。理由はわからないが、最近お客様が殺到している。一つ確かなのは、ヌーナーマネージャーが僕の耳元で、『料理が出来上がるのが遅いから、何もかもが遅いのよ』と叫んできたこと。”アレ”が縮み上がるかと思ったほどの大声でだ。さあ、どこが遅れているんだ! 心当たりがある人は手を挙げて!」
すると若い女性アシスタントが挙手した。
「シェフ、肉の準備が間に合いません」
ウアはオーケーサインを出す。
「麺類のオーダーはそこまでないから、麺類担当のプーンはナムワーンと肉の下準備もお願い。あと揚げ物の排気が多かったね、ウイさんはしっかり温度調節をするように」
「四番テーブルにエビサラダ二つ、揚げ鴨肉のガパオ炒め一つ、豚肉ロールの赤ワイン煮一つ!」
注文口から、マネージャーであるヌーナーの声が響き渡る。
「エビサラダ一つ、揚げ鴨肉のガパオ炒め一つ、豚肉ロールの赤ワイン煮一つ! 急いで、急いで、急いで!」
ウアは手を叩いて、アシスタントたちの作業スピードを上げるように活気づけた。それからフライパンを手に取り、格好つけて二回転させてからコンロに置き、オリーブオイルを注ぐ。
力が尽きたのでここまで。
途中から荒くなっているが、言たいことは伝わっただろうか。
もうこれ以上、タイ沼の民が悲しまないように。そして甘く見られすぎないように。
オタクは質のいいものにしか金を落としません。聞こえてますか?
ご理解ご了承のほど、よろしくお願いいたします。
以上。