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美しき男/もちはこび短歌(26)

コウスケは誰のことかと見てをれば締め込み白きしきならむ
池田はるみ『亀さんゐない』(短歌研究社、2020年)

 池田はるみさんの第7歌集から。
 この歌の直前には「コウスケは阿炎」という詞書。「阿炎」とは大相撲の期待のホープ、阿炎政虎のこと。本名を堀切洸助という。
 池田さんは大の相撲ファンとしても知られ、これまでも多くの相撲の歌を発表してきた。また、好角家として『お相撲さん』(柊書房、2002年)というエッセイ集も出されている。掲出歌は、そんな池田さんが阿炎の所属する錣山部屋を訪れ、稽古を見学した光景を詠んだものだと思われる。稽古場を見学できることはファンと相撲部屋のつながりを強くしてきたが、コロナ禍以降は見学は難しくなっており、この歌も当然、コロナ禍以前のものだ。
 わたしも相撲が大好きだが、相撲ファンの目から見て、この歌から発せられる相撲をこよなく愛する詠み手の思いに心打たれる。この歌は「押す力」という一連にあり、一首前にはこういう歌が置かれる。

「コウスケ、顎」声がかかれば顎を引く 顎を引いてぞ押してゆくなる

 阿炎の師匠である錣山親方(元関脇・寺尾)が四股名ではなく本名を呼びながら指導している様子がリアルだ。一見何気ない描写かもしれないが、相撲ファンならではの視点とリアルな記録が、その後のコロナ禍を経験したわたしたちの胸に響くこととなる。
 その後、阿炎は、日本相撲協会の新型コロナウイルス対策ガイドラインを破る行為があったとして、自らの失態で一時は髷を切らなければならないような状況に追い込まれた。2020年7月場所でのこと。結局、相撲協会への引退届は不受理となったが、3場所の出場停止処分という厳罰に処されることとなり、番付は前頭7枚目から幕下56枚目にまで落ちた。
 掲出歌には「締め込み白き」とある。これは白い稽古まわしのことだろう。十両以上の関取にだけ稽古場でつけることが許されている白いまわしは輝かしいものだ。一方、幕下以下の力士は黒っぽいまわしになる。阿炎が白いまわしをつけていたという意味でもこの歌は、コロナ禍前の記録ということになる。
 半年におよぶ出場停止処分が明けた後の阿炎は変わった。たびたび問題となる行動や発言があったそれまでの子供じみた様子は姿をひそめ、稽古に打ち込んできただろう真摯な相撲で連勝を重ね、2場所で十両に復帰。その2場所後の先場所(令和3年九州場所)は幕内に戻ると、横綱・照ノ富士相手に最後まで優勝争いを演じた。以前の阿炎はすぐに引く相撲が多かったが、復帰後は突き押しにさらに磨きをかけ、前に出る相撲で強さが増した。
 と、阿炎の相撲の変貌は何かとコロナ禍での出場停止やその反省と絡めて報じられるが、池田さんの歌からは、それ以前から錣山親方と阿炎が前に出る相撲を磨こうとしてきた様子がうかがえる。池田さんによる、師匠と弟子の報道されない一面の記録でもあるように思う。
 コロナ禍と大相撲というと、『亀さんゐない』の掉尾を飾る「相撲とコロナ」という連作にこういう歌がある。

平幕の徳勝龍が初優勝それはめでたく場所終へにけり

 2年前の初場所を詠んだ一首。コロナ禍以前の最後の場所のことだ。「それはめでたく」には初優勝力士への祝意が込められていた。感染者を出さずに場所を終えたことを安堵することにめでたさが先立つ現状との違いは、優勝者への祝意の伝え方にも影響しているかもしれない。
 今日から大相撲初場所がはじまる。すでに今場所でもコロナ感染者の休場が発表されており、平時の場所とは言えない。それでも、土俵に上がる力士たちの美しさは変わらない。とりわけ阿炎は腕と脚が長く「美しき男」だ。15日間、力士たちの美しさと力強さを味わうことで、大相撲の世界が発する「非日常」を楽しみたい。

文・写真●小野田光
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「もちはこび短歌」では、わたしの記憶の中にあって、わたしが日々もちはこんでいる短歌をご紹介しています。更新は不定期ですが、これからもお読みいただけますとうれしいです。よろしくお願いいたします。

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