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月の匂い/もちはこび短歌(10)

文・写真●小野田光

終電ののちのホームに見上げれば月はスケートリンクの匂い
服部真里子行け広野へと』(本阿弥書店、2014年)

 夜遅くに仕事を終えて帰宅する途中、空を見上げるたびにこの歌を思い出す。
 歌人は月に匂いがあると表現しがちだ。でも、それを「スケートリンクの匂い」だと限定したのは服部さんだけ。類稀なる発想ながらこの説得力はなんだ。すごい。
 「スケートリンク」は人工物だ。電気設備や不凍液を用いて水を凍らせる。その過程で発生するあの独特の匂い。そんな人工の「匂い」を天然の「月」に重ねる感覚。まさに「終電ののち」の発想だな、とわたしは思う。深夜の疲れた身体に、月の光は刺激的だ。理性に欠けた深夜のわたしは、月が天然物だと信じることができない。あんなに見事に丸いもの(三日月であっても弦の弧のきれいさは異常だ)が自然と空に浮かぶものか。あれは人工物に違いない。などと思う。そういう直感がこの歌にはあるような気がしてならないし、「見上げれば」「匂い」と視覚からいきなり嗅覚にいく、この感覚も気持ちいい。
 天然と人工。視覚と嗅覚。様々な概念がないまぜになる世界は、これからはじまる夢のようでもある。仕事の疲れをまといつつ、この歌を思い出すとたのしい気持ちの家路になるのだ。

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3月22日(金)19時から
福岡の本屋さん&カフェ「本のあるところ ajiro」で、トークイベント「『蝶は地下鉄をぬけて』ともちはこび短歌のこと」を開催していただくことになりました。
「もちはこび短歌」を10首ご紹介し、その短歌の実生活における効用などもお話しする予定です(noteではご紹介していない10首をご用意するつもりです)。お近くの方、よろしければご来場くださいませ。お会いできること、たのしみにしています。
当日は20時からの「ajiro歌会」に、わたしも参加する予定です。
お申し込み(要予約)はこちらからどうぞ。

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