幸せについて
人生には幸せを感じる時間もあれば、不幸を感じる時間もあるだろう。だが決して幸せな人生や、不幸な人生というものはない。例え現在が不幸であったとしても、記憶を探れば必ず幸せだった瞬間が見つかるはずだ。何せ幸せとは時間の中にあるものであって、人生そのものを表現する言葉ではない。そこを間違ってしまうと、幸せというものが分からなくなってしまう。幸せとは人生の中にあるものだ。それも一つではない。どんな人間にだって幾つもあるはずである。ただ言うまでもなく不幸事もその道理と同じであるので、私達は人生を不幸だ。などと呟き悲劇の主人公となってしまうのだ。そんなときは思い出す必要がある。本当の幸せは追憶と共にあるということ。そしてこれからも生きている限りは、いつでも幸せを感じる可能性が長く存在するということ。幸せを感じるとは、生きていて良かったと思うことである。要するに人生の一瞬に満足を感じることである。そのような瞬間の到来は予測不可能で、いつであれ行き当たりばったりであろう。だからこそ人間、幸せは皆、平等であると言えるのかもしれない。誰もの未来に幸せの可能性がある。そして誰もの過去に幸せの思い出がある。現在は幸せを体感する。それは時間の流れが顔の皺となるように、心の奥底に刻み込まれる。そのために自らの心をじっくりと観察すれば、過去の幸せは鮮明に浮かび上がるであろう。幸せとは思い出と共に存在するものだ。幸福感とは常に追憶と共にあるものだ。それは誰しもの歴史に必ず見つかる時間の一部なのである。
私達は幸せになるために生きている。幸せは多ければ多いほうがいいだろう。なんせ私達は何度でも幸せになるために生きている。ただ、幸せとは幸せになろうとしても決してなれるものでない。幸せとは流れる時間に見出す満足感であるのだから、まずは自らが生きている時間を大切に使うべきである。そのためには時間を使うということに対して、とても真摯に向き合う必要がある。その真剣さの向こう側に、幸せは必ず付いてくるのだ。人生に何度の悲しみがあろうと、どの幸せも色褪せることなく、私達の心で美しく輝くことであろう。