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子どもがなんでも口に入れたがるのは、大人がスマホを触らずに居られないのと一緒

朝から我が子ちゃん食べムラが酷かった。。。。精神的に削られた朝です。

今朝に限ったことではないけど、子供の食べムラに付き合うのはきつい。
昨日食べてくれてたものを受け付けなかったり、口に入れてもすぐ出しちゃったり。食べ物や食器で遊ぶから、「食事おしまいね」って椅子から下ろすと泣く。
ちなみに我が家は、ほぼ100%の確率で食べ始め後半になると、立ち上がるので、そうなるともう座らせられず。仕方なくわたしが抱っこしながら食べさせている。

でも、最後までお行儀よく食べてくれるって、そんな子どもいるか?

改めて意識しよう。子供も人格を持った一人の人間だということ。

たまたまnoteで、こんな記事を見つけた。


自由人にたいして、ルールは適応されない。スプーンを差し出せば「あーん」と食べるという思い込みを捨てましょう




 スプーンを差し出せば「あーん」と食べる。そんなのイチャイチャしているカップルぐらいじゃない?(笑)

ぴよまま@0歳の教科書を展開したい


確かに、冷静になって考えたら、“スプーンを差し出したら、パクってしてくれる”(ってかするもん)と思い込んでた。なぜかわかんないけど。しかも、親のペースで。
親が急いでたら必然スプーン運ぶのも心なしか速くなったり、ひと匙の量がちょっと増えたり。まだ固形物を食べ始めて半年程度の人間に、スパルタだよね。

こっちのペースと子供のペースが合わないのは当然で、じゃあ、とはいえそれに付き合わざるを得ない親が、どうやったら自分の予定や都合、自分の気分のムラの全部を殺さずに、お互いハッピーな食事タイムが取れるのか?

  • 我が子ちゃんはまだスプーンは使えないので、手づかみ食べが主。
    手掴み食べをしてくれると、多少自分の手が離れるので楽。

  • 市販の離乳食だと食べやすいからか、スイスイ食べてくれる。確かに母の作る食事は、ちょっとゴロゴロしてるもんな。

  • 立ち上がる時は必殺「お母さんといっしょ」(Eテレ)をつける。真剣にテレビを見るので、立ち上がらず平和。

  • 子供の目をじっとみて語りかけながら食べさせる。不思議と最後まで座って食べてくれることが多い。(でもこれは余裕がないときつい)


夫がやってるんだけど、常に片耳にイヤホンを入れて家事をしているのも、気はまぎれるんだと思う。でもわたしはこれを常にしている夫が気にいらないので(笑)、自分がするかはまだ検討中。

子どもの理解できない習性、それって大人にもないか?

“相手の立場になって考える”という課題は一生付きまとうものなんだろう。
でも長い間、“相手”は言葉は通じる相手で、最悪(?)直球で相手に、今何を考えてるのか聞くことができた。そして大体自分と共通のコミュニティに所属する人とのコミュニケーションだから、自分の経験からなんとなく察することもできた。

そういう意味で圧倒的にコミュニケーションが困難で、圧倒的に愛おしい赤子との意思疎通を課せられてる今。

ある人も言ってたけど、『赤子はわがままな社長、もしくはクライアント』だと。
『ミルクくれ、眠たい、オムツ濡れてるから変えてくれ、と2〜3時間おきに訴えてきて、且つ、こちらはそれを断ることもできない、そんなわがままなボス、顧客を相手にしてるようなもんなんです』と。産後、今になってひしひしとその人の気持ちが伝わる。共感。

わたしも、やっぱり体面保とうと、心に余裕無くなりかけても我が子ちゃんの前ではニコニコしたり、おどけて話しかけてみて、と演じていることがある。我が子ちゃんから離れてお風呂に入る時、もしくは我が子ちゃんが寝た後に、『あ〜、わたしは愛想よく振る舞うアイドルといっしょだ』と勝手に、アイドルもこういう気持ちなんだろうな、と想像してしまう。そっちに想像膨らませるんかい、って話だけど。これも母親業の一部?


話がそれたけど、子供ってある時期まで、なんでも口にいれたがる習性ありますよね?
我が子ちゃんは今まさにそれ。
「汚いからお口いれちゃダメ」、「危ないからダメ」と言っても伝わらない。でも最近見てて思ったのは、今はそれをわかったところでやめないんじゃないかな、ということ。この過程を、色々口入れてみてものの感触とかを学んでる時、という人もいる。わたしなりに、もっとシンプルに解釈したら、“ダメって言われてる(わかってる)のに、どうしてもやっちゃうこと、って大人にもあるよね?”ということなのかな、と思った。

スマホの見過ぎは良くない、とわかってても、つい触っちゃう(みちゃう)
定期的な運動がいい、とわかってても、なかなかできない
マヨネーズをなんでもかんでも、“つい”かけちゃう

もちろん子供のそれと大人のこれは、発達の段階が全く異なるので、一括りにはできないけど、でも、一人の人間としてやってしまってることって、お互いこういうことなのかな、と思うんです。

自分の思い通りにならないことを学ぶ

これはわたし個人にとって、子育てを経験したからようやく理解できたこと。子育ての中で、全然予定通り、計画通りにいかない日が大半となると、どんなに自分ができるだけの用意をしていても、『ならないときは成らぬのだな・・』と諦めざるを得ない。自分自身のコントロールさえ上手く行かないこともある。だから、冒頭、我が子ちゃんの食べムラにもイライラするんだろう。

究極、諦め半分、あとはスルースキル半分で大半のコミュニケーションが成り立つのかもしれない。

とはいえ、まだまだ食べムラにはイライラするし、ぐずるのが続くと精神的に消耗される。今日もイライラしちゃって、『このままじゃ今日は駄目だ』と義母にちょっとの間見てもらうことにした。そうして、こうやってnoteを更新している。わたしにとっては、ここに書いて気持ちの整理をするのも一つのデトックス方法。

なんだかイライラする日が続いてるので、なんか根本的解決はないかなーと模索中です。

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