海外在住者が一時帰国で感じるノスタルジーと自分の輪郭
「ただいま」
日本で口にするこの一言が、どれほど心に染み渡るものか。
海外での生活に慣れた私にとって、日本に帰るたびに感じるこの言葉の重みは、日々の忙しさの中で見失いがちな自分自身を取り戻すための大切な瞬間。
日本の空気、街の匂い、そして聞き慣れた日本語に包まれると、ずっとピンピンに張り続けていた緊張の糸が一気に緩むのが分かる。そして、海外にいるとほとんど感じることのない懐かしいという感覚を久々に味わう。それはまるで、自分が日本に帰ってきたという事実以上に、自分の存在を再確認するかのよう。
海外での生活は、新しい文化や価値観に触れる素晴らしい経験だが、その一方で、自分が育った国との距離が徐々に広がる感覚も伴う。普段は気づかないうちに、日常の中でその距離感に慣れてしまっているが、自国への旅路に立った瞬間、心の奥底で眠っていたノスタルジーが静かに目を覚ます。
飛行機が日本の空港に着陸し、機内から降りると聞こえてくる空港アナウンスの日本語の響き。迎えに来た両親に「おかえり」と言われる瞬間。空港からのゲートを出た途端に感じる、水分を多く含んだ肌にまとわりつくような空気。これらの何気ない瞬間が、海外では感じることのできない独特な感情を呼び起こすのだ。
私にとって、ノスタルジーとは、単なる過去への憧れや郷愁ではない。
それは、自分のルーツやアイデンティティを再確認するための大切な要素であり、海外で自分を見失わずにがんばっていくための重要なピースでもある。一時帰国は、私にとってただの帰省ではなく、もう一度自分自身を見つめ直す旅でもあるのだ。
日本に帰ってきて感じるノスタルジーは、聞こえてくる音や風景、人々との触れ合いを通して、私の中で鮮明に蘇る。
私は地元に帰ると必ず足を運ぶ場所がある。
子どもの頃毎週のように母親が連れて行ってくれた市の図書館。
忙しい子連れの一時帰国中にゆっくり本を読めるはずもないのだけど、必ず立ち寄ってしまう。
そこには、かつての自分と向き合える静かな時間が流れている。
入り口をくぐると、木の香りがほのかに漂う古びた書棚の間を歩きながら、幼い頃に夢中で読んだ本たちの記憶が次々と心に蘇る。
私はもっぱら児童書コーナーで時間を過ごす。ワクワクしながらページをめくったあの日々が、今もなおこの場所にしっかりと刻まれているように感じる。
図書館の窓際にある、あのころと変わらない木製の椅子に腰を下ろすと、ふと、自分が成長し、長い時間を越えてここに戻ってきたことを実感する。ページをめくる音や、周囲の静けさに包まれながら、自分はずいぶん遠く離れたところにいるんだなと思ったり。そして、この場所で過ごした無数の時間が、私の中に深く根付いていることを、改めて感じさせてくれるのだ。
この図書館は、私にとって単なる思い出の場所ではなく、過去の自分と対話する場であり、今の自分を見つめ直すための特別な空間である。その瞬間、私は日本に帰ってきたことを実感し、もう一度自分の存在を確認する。
こうした場所は、私の心に安心感を与え、自分の存在を再確認させてくれる。
また、家族や友人と再会することも、私の存在を再確認する大きな要素だ。
海外に住んでいると時々、自分という輪郭がぼやけてくるように感じる。わたしとして生きる以上に、遠い国からやってきたアジア人として、舐められてはなるまいと、知らず知らずのうちに鎧をまとって必死に生きている気がする。
家族や友人との時間を通じて鎧を脱いだ自分は本当はどういう人間だったのかを思い出す。何気ない会話や笑顔が、私の心に安心感を与え、自分の存在を再確認させてくれる。
一方で、ノスタルジーとともに訪れる感情は、時には複雑なものでもある。
過去の思い出が鮮明に蘇る中で、自分が変わってしまったことを感じる瞬間もある。それは、海外での生活を経て、自分が成長し、変化してきた証拠でもある。
海外での生活は、刺激的で新しい発見に満ちているが、それゆえに心の中に小さな疲れが蓄積していくこともある。一時帰国は、その疲れを癒すための心の安らぎを提供してくれる。日本の風景や文化、そして人々との再会は、私にとって心のリセットボタンを押す瞬間だ。
セミの鳴き声で目が覚める朝
カンカンカンと鳴り響く踏切の音
小学校から聞こえてくる合唱
馴染みのレストランで食べる地元飯
見ない間にすっかり年老いた近所のおばちゃんとの会話
テレビを見ながら両親と過ごすたわいもない時間。
時間が止まったかのように過去と現在が交差する瞬間、ノスタルジー。
一時帰国は、単なる「帰省」ではなく、自分自身をリセットし、新たな気持ちで再スタートを切るための大切なプロセスだ。日本の懐かしい風景や文化に触れることで、心の中に溜まっていたストレスが解消され、再び自分らしさを取り戻すことができる。
最終的に、一時帰国で感じるノスタルジーは、未来への活力を生み出す源となる。過去を振り返りながら、現在の自分を見つめ直し、これからの人生に向けて新たなエネルギーを得るのだ。日本に帰るたびに感じるノスタルジーは、私にとって過去を思い出すだけではなく、未来に向けた希望や夢を再確認するための大切な感情である。
「ただいま」という言葉が持つ意味の深さを再び感じながら、私は海外での生活に戻る準備を整える。そして、その「ただいま」がもう一度言える日を楽しみに、私はまた新たな日常に戻る。
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