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「考えすぎ」を受け入れて(ショートストーリー)

-1- 俺、何かしたかな

草野祥平(くさの しょうへい)は、友人から「気にしすぎ」とよく言われる。たとえば彼は、電車で座ったとき隣に座っていた人が立ち上がると、あれ、俺なにかしたかな……と考えてしまう。席が空いているのに、あえて女子高生の隣に座るみたいな、ゾワっとすることはしてない。空いている席に座る、ただそれだけ。チラチラと視線を向けることもなく、空きがたくさんあるなら、人と接しない端っこに座る。そのほうが安心感があるから。

席を立った人は、次の駅で降りるのかもしれない、体調が悪くて気分が悪くなったのかもしれないし、その人なりの理由がある可能性も多分にある。もちろん、彼の服が汚れていたとか、ニオイが……といった可能性もないわけではない。しかし、毎日風呂に入って洗濯した服を着て、健康的な食事を摂って歯もしっかり磨いている彼からは、不健康なニオイはしないし、香水もなし。

それでも彼はこう考えてしまう。

(俺、何かしたかな……)

-2- 自意識過剰?

「たまたまだよ。相変わらず気にしすぎ(笑)」

会社に着くと、同僚で友達でもある船木が笑った。

「俺もそう思うんだけど、ひょっとしたらって思うと、想像が広がってしまうというか……」

「気にしすぎだよ。もしくはあれだ、え~と……」

「自意識過剰?」

「そう! 別に責めてるわけじゃないぞ? たださ、そんなにいろいろ気にしてると疲れるんじゃないかと思って」

「う~ん……まあたまに引きずってしまうことはあるかな、考えに囚われるっていうか」

「モニター見たままキーボードの上で手が止まってるときとかだろ?」

「う……うん、まあ……チャットで話してても、相手から反応がないと、なんかマズイこと言っちゃったかなって思うこともある」

「で、あれこれ悪い想像をしてしまう?」

「うん」

「草野がマズイことを言ってしまうシーンは想像しにくいけど」

「え? そうかな?」

「それってたとえば、彼女とチャットしてて、返信が中々こない。それが夜だったりすると、別の男と……? って思い込みを事実とごちゃまぜにしちゃうのと同じじゃないか? 本当に別の男と遊んでるかもしれないけど、返信がこないっていう事実だけで浮気と決めつけるには、根拠としては弱い」

「決めつけてるわけじゃないよ。ただ心配になるというか……いや、彼女が浮気してるという可能性もある、って悪い考えに囚われてるのか……でもさ、普段レスが速い人が遅かったら、心配にならないか?」

「あまりにもレスがなければな。でもちょっと遅いぐらいなら気にならないし、遅かったとしても何か事情があるかもだろ。可能性の一つに浮気が入っててもいいと思うけど、ネガティブな想定を事実だと考えてしまうことは問題だと思うぞ」

「事実だと考えてるわけじゃ……」

「そうかもな。ま、そんなに難しく考えるなよ。仕事してればそのうち忘れちゃうよ、きっと」

舟木が自分のデスクに戻ると、草野はまた意識が内側に向いた。

(でも、気になるってそんなに悪いことなのかな。"あの人絶対俺の顔見て席立ったよね!?"とか、"あの人今、俺のこと見て鼻で笑ったよね!?"とか騒ぐのは、自意識過剰っていうか妄想か? そこまでいったら生活に支障が出るだろうけど、そこまでじゃないし……まあでも引っ張られることがあるのも確かだな。でも想像することは悪くない、そう、たとえばこの前は、電車でおっさんに肩をぶつけられたけど、急いでたのかもしれない、何か嫌なことがあったのかもしれないって思ったら、あまり感情も揺れなかったし。謝りもしないことにイラっとしたのも確かだけど、あれも考えすぎ……?)

-3- 道

「草野!!」

午後。
同じグループの秋田が、ズカズカと草野のデスクまで歩いてきた。
49歳で子供二人、自分のデスクに家族の写真を置くような人物で、普段は比較的穏やかだが、あまりキャパは大きくない。

「何かありました……?」

「さっき取り次いでもらった電話、担当者名間違ってたよ!」

「え? すみません……」

「変な空気になって……フォロー大変だった。気をつけろよ! 電話の取次なんて新人でもできるだろ!!」

「すみません、気をつけます……」

秋田はズカズカと自分にデスクに戻ったが、注目を集める形となって、草野は顔が熱くなるのを感じた。

「あんまり気にすんなよ」

手を止めて、顔の温度が下がるのをまっていると、舟木が話しかけてきた。

「あんな言い方しなくてもいいだろうに。ちょっと名前間違えたぐらいで変な空気になるって、あんたの問題じゃねぇかって思うよ」

「間違えたのは事実だから」

「そうかもしれないけど、言い方ってあるだろ……!」

「まあそれはね」

「……なんでそんな落ち着いてるんだ?」

舟木は腕を組んで首を傾げた。

「怒りとかないのか?」

「あるといえばあるけど、違うこと考えてた」

「違うこと? どんな?」

「どうしてあんな言い方したんだろう? 名前を間違えただけが原因なんだろうか、それとも最近家族とうまくいってないのか、子供が反抗期で寂しいのか、とか。確か、上の子が中3とかだった気がするし、そうなると難しい時期だろうなぁとか」

「そんなこと考えてたのか?」

「うん」

「なるほどなぁ……」

舟木はため息をついた。

「前から少し思ってたけど、草野は優しすぎる。そういう優しさに付け込んでくる人間もいるぞ」

「もちろん、それは分かってる。別に、自分のために相手を許すべきとか、気持ちを推し量って寄り添うべきとか思ってるわけじゃないよ。ただ、なんでかなって想像すると落ち着くんだ。だから考える、なんでなんだろうって。そうしないと悪い方に想像が流れちゃって、不安が大きくなってくるんだ」

「電車で、俺なんかしたかなって考えてしまうときみたいにか?」

「うん、そう……あれ?」

「ん? どうした?」

「あ、そうか……」

「なんだよ、なに一人で納得してんだ?」

「いや、考えすぎって、悪いことばかりでもないなと思って。まあ……弊害もあるんだけど」

「えっと、どういうことだ?」

「意識して使えばいんじゃないかって思って。もし考えすぎちゃっても、方向を変えてやればいいんじゃないかって思ったんだ」

「考える方向、意識して使う?」

「うん、おかげ気づけたよ。ありがとう、舟木」

「え? あ、ああ……いやちょっとまて、俺にはよく……」

「舟木さん!! ちょっと助けてください!」

「あ? ああ、分かった。
草野」

「なに?」

「今日、飲みに行けるか?」

「え? うん、大丈夫だけど」

「よし、じゃあそのときに教えてくれ。何に気づいたのか、気になってしょうがない」

「分かった(笑)」

「舟木さん……!!」

「今行くよ!」

舟木が小走りで後輩のところに行くのを見届けてから、草野はノートパソコンをパタンと閉じて、席を立った。

会社近くのコンビニまで、コーヒーを買いに行くために通路を歩いていると、別部署の女性社員二人が歩いてきて、すれ違いざま、草野を見て笑ったような気がした。

頭の中に、いくつかの道が見える。
沼に続く道、雨が降る道、太陽が照らす道や、月明かりが優しい道。

微かに、頬が緩んだ。

道が多いことは問題じゃない。

どの道も選べる。

自由に、自分の意志で。


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