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ピラミッド組織から自律組織へー変革のためのマネジメント戦略ー高橋俊介氏

 Aoba-BBTの番組:高橋俊介氏の「マネジャー・リーダーのための組織人材マネジメント」講座の第2回「組織の自律性を高めるマネジメント」を拝聴しました。この講座は全6回シリーズの一部で、第1回が総論的な内容だったのに対し、第2回からは各論に入っていきます。

自律組織とピラミッド組織の根本的な違い

 高橋氏は20〜30年にわたり組織人材問題に携わってきた経験から、「自立人材」や「組織の自立的運営」の重要性を強調しています。かつては「フラット組織」が流行した時代がありましたが、高橋氏は「ピラミッド組織の反対はフラット組織ではなく、自立組織である」という考えを一貫して主張してきました。これは組織図の形の問題ではなく、組織運営の「OS(オペレーティングシステム)」の問題だと指摘しています。

 仕事のサイクルを「What(何をするか)」「How(どうやるか)」「Do(実行)」「Check(確認)」という4段階で捉えると、ピラミッド組織ではこのサイクルが組織階層分業により大きく回っています。具体的には、経営幹部や一握りの人たちがWhatを決定し、それを中間管理職がHowに分解して、平社員がDoを実行するという流れです。例として、証券業界の推奨銘柄方式が挙げられており、本社がWhat(銘柄)を決め、支店長がHow(ノルマ)を設定し、一般社員がDo(営業活動)を行います。

 一方、自律組織では、方向性(Why)が示された上で、第一線で自律的にWhat-How-Do-Checkのサイクルを回しています。小チームや個人が自分でWhatを考え、Howに分解し、Doして、Checkするというサイクルが組織全体に分散しています。

 どちらが良いというわけではなく、ビジネスの性質によって適切な形態は異なるのです。例えば、会社都合のプッシュ型営業はピラミッド組織に適していますが、顧客志向のソリューション営業は自律組織が適しています。

What構築能力とHowの能力の本質的な違い

 What構築能力とHowの能力には根本的な違いがあります。Whatは正解がないことが多く、上司や先輩が教えることができません。個別性が高いため、自分で考える習慣と応用力が基本となります。一方、Howはどちらかというと経験や知識と論理思考で対応できます。

 日本のピラミッド組織では、論理的思考力の優れた高偏差値大学卒の人材を採用し、ローテーションで幅広い経験を積ませ、縦型OJTで指導することで、ピラミッド組織の中間管理職を効果的に育成してきました。
 しかし、日本の教育システムでは「持論形成能力」(自分の考えを形成する能力)を育てにくい側面があります。学校教育も社会人の資格試験も正解型が主流であり、正解のないことについて自分の論を形成する習慣と能力が育ちにくいのです。

 組織において自律性を高めるためには、常に高い視線での持論形成の習慣を培い、職場でも常に持論を求め、議論し合うコミュニケーションを促進することが重要です。若手社員であっても、ビジネス全体についての持論を形成し、表現できる環境づくりが必要です。

リーダーシップとマネジメントの機能的違い

 ハーバードビジネススクールのコッター教授によれば、リーダーシップとは「正しいことをやる(do the right things)」ことであり、マネジメントとは「正しくやる(do the things right)」ことです。つまり、リーダーシップは何をやるべきか(What)を考える機能であり、マネジメントは与えられたWhatをHowに分解し、部下にDoさせる機能といえます。

 プレイングマネージャーはHowとDoを両方自分でやる役割ですが、プロフェッショナル組織ではリーダーもプレイング(実務)が重要になります。例えば、医師や弁護士、コンサルタントなどのプロフェッショナルは、管理職になっても自ら顧客を担当することが多いのです。

 自律組織とは、What構築という役割の分散化であり、言い換えればリーダーシップ機能の分散化です。ピラミッド組織では、リーダーシップ機能が限られた人にのみ求められますが、自律組織では多くの人がWhat-How-Do-Checkのサイクルを自分たちで回すため、ミニリーダーシップを発揮する必要があります。

 若いうちからリーダーシップ経験を積むことは重要で、特に女性のリーダー育成においては、第一子出産前にリーダーシップ経験を持つことが、復職後のキャリア発展に大きな影響を与えるという研究結果もあるとのことです。持論形成などのリーダーシップ能力はスキル以上に思考行動特性の側面が強く、必要になってから急に身につけることは難しいため、早期からの育成が求められます。

人の能力を構成する4つの要素とその特徴

 人の能力は「氷山モデル」で説明されることがあり、表面上見えるスキルの下には様々な要素が隠れています。人の能力は大きく4つに分類できます。

  1. スキル(暗黙知スキルと形式知スキル):やらせてみる、テストする、資格などで確認でき、何歳からでも基本的に習得可能です。勉強、練習、OJTによる指導、研修などで身につけることができます。

  2. 思考能力(論理的思考力と創造的思考力):論理的思考力は正解があるため試験で測定可能ですが、創造的思考力は正解がないため測定が難しく、多くのケースでの観察が必要です。これらはゲノムなど生まれつきの要素が大きく、採用時点でほぼ決まっているとされています。

  3. 思考・行動特性:リーダーシップの多くはこれに該当し、問題意識や社会性、チームワークなどが含まれます。習慣なので後天的に習得可能ですが、年齢とともに本人の意思がないと変容は難しくなります。

  4. 内的動機(やる気・動機付けとは異なる):達成動機、影響動機、社交動機などがあり、遺伝的要素と育つ環境から形成され、18歳頃までにほぼ定着します。社会に出てからは自分の意思で変えることはできないため、自分の内的動機を理解し活かす努力が必要です。

権限委譲だけでは自律組織は実現できない理由

 自律組織を実現するには、単なる権限委譲だけでは不十分です。的確な意思決定のためには、「能力」「情報」「権限」が三位一体となる必要があります。意思決定する権限を持った人が、その決定を行うだけの能力(専門的知見、コミュニケーション能力、プランBの検討、ダウンサイドリスクの把握など)を持っているかが問われます。

 例えば、エアラインのパイロットは毎年シミュレーター訓練を受け、複数の問題が同時に発生した場合の冷静な意思決定能力をチェックされます。また、意思決定には現場情報と経営視点情報の両方が必要です。第一線への権限委譲には経営視点の情報提供の仕組みが、権限集中の場合は現場情報の吸い上げの仕組みが必要です。

考え方レベルの効果的な伝達方法

 自律組織では、具体的な指示(「これをやれ」)ではなく、考え方(「こういう考え方でやれ」)を伝えることが重要です。これはスポーツに例えれば、野球の監督とサッカーの監督の違いに似ています。野球では監督が細かい指示を出せますが、サッカーではピッチ上の選手が状況に応じて自律的に戦術を変更する必要があります。

 考え方を腹落ちさせるための効果的な方法として、以下のアプローチが挙げられています。

  • 自分の言葉で、自分たちに身近な事例や例えを活用して、繰り返し伝達する

  • 朝礼での抽象的な言葉の暗唱よりも、具体事例の共有を重視する(例:リッツカールトンではクレド暗唱ではなく、クレドに関連する具体的事例を共有)

  • 少なくとも一つの事例は自分が直接体験したものを含めると説得力が増す

  • 「わかってやっているのか」を質問して確認する(同じ作業をしていても、その意味や目的の理解度は人によって異なる)

  • 「城を作る石工」の寓話のように、同じ作業でも意識の違いで成果は大きく変わる

 講座の最後には、参加者に「What構築能力・自論形成能力の高い人」を思い浮かべ、その人の特徴的なスキルや知識、学びの習慣について考えるよう促し、自律性の高い組織づくりのためのヒントを探る問いかけがありました。

組織の自律性を高めるマネジメント - 企業人事の視点からの考察

 企業人事の立場から見ると、高橋氏の指摘する「ピラミッド組織から自律組織へ」の転換は、単なる組織構造の変更ではなく、人材マネジメントの根本的なパラダイムシフトを意味します。従来の日本企業の人事制度は「ピラミッド組織」を前提とした設計になっており、昇進制度、評価制度、育成制度のすべてがこれに適合するよう構築されてきました。しかし、ビジネス環境の変化に伴い、特にソリューション型ビジネスの拡大により、この前提を見直す必要性が高まっています。

 「What-How-Do-Check」のサイクルが組織内でどのように回っているかを分析し、自社のビジネスモデルに適した組織運営の「OS」を構築する必要があります。特に重要なのは、単一の組織形態に固執するのではなく、事業特性に応じて部門ごとに異なる組織運営方式を採用するという柔軟性です。製造ライン部門はピラミッド型を維持しつつ、ソリューション営業部門では自律型を促進するといった具合に、最適な組織設計を模索することが重要でしょう。

What構築能力を育む人材育成・評価制度の構築

 人事にとって大きな課題は、「What構築能力」をどう育て、評価するかという点です。日本の教育システムや従来の企業内育成では育ちにくい「持論形成能力」を意図的に開発する必要があります。具体的な人事施策としては以下が考えられます。

  1. 早期からのリーダーシップ経験機会の創出: 若手社員にも小規模なプロジェクトリーダーを任せる「早期責任付与」の仕組みを制度化する。特に高橋氏が指摘する女性リーダー育成においては、出産前のリーダーシップ経験が復職後のキャリア発展に影響するという知見を活かし、若手女性社員にリーダー経験を積ませる機会を意図的に設計する。

  2. 持論形成を促す研修プログラムの導入: 従来型の「正解」を教える研修から、「正解のない問い」に対して自分の考えを構築し表現するワークショップ型研修へと移行。特に中堅社員以上の階層別研修では、業界動向や自社の将来についての「持論」を構築・発表する場を設定する。

  3. 評価制度の抜本的見直し: 「与えられた業務をどれだけ正確に遂行したか」を評価する従来型から、「どのような課題設定ができたか」「どのような解決策を考え出したか」を評価する制度への転換。特にWhat構築能力の高い人材を見逃さないよう、「自ら考え出した付加価値」を可視化する評価項目の追加が必要。

  4. 採用選考方法の変革: 論理的思考力テストだけでなく、「正解のない問い」への対応力を測る選考手法の導入。例えば「千葉県の値段をどう測るか」といった創造的思考力を問う面接質問や、グループディスカッションでの持論形成プロセスの観察を取り入れる。

人の能力4要素を踏まえた人材マネジメントシステムの再構築

 高橋氏が示す「スキル」「思考能力」「思考・行動特性」「内的動機」という4要素の理解は、人事制度設計において極めて重要です。企業人事はこれを踏まえて人材マネジメントシステムを構築する必要があります。

  1. 採用・配置における多面的アセスメント: 単なる論理的思考力テストや資格だけでなく、思考・行動特性を見るコンピテンシー面接や内的動機を探る深層インタビューなど、多角的な選考手法の導入。特に「その人がなぜそのような行動をとったのか」という過去の具体例を掘り下げる行動結果面接(BEI)の活用が有効。

  2. キャリア開発制度の精緻化: 内的動機は18歳頃までに定着し変えることは難しいという知見を活かし、社員の内的動機と職務のマッチングを重視するキャリア開発制度の構築。例えば、達成動機の強い人には挑戦的な目標設定のある職務を、社交動機の強い人には対人関係構築の多い職務をマッチングさせる。

  3. 思考・行動特性を変容させる継続的な育成プログラム: 思考・行動特性は習慣であり、後天的に習得可能だが時間がかかるという理解に基づき、短期研修ではなく、OJTと内省、フィードバックを組み合わせた長期的な育成システムの構築。アクションラーニングのような実践と振り返りを繰り返す手法の活用。

  4. IBM事例に学ぶ専門性評価の刷新: 高橋氏が紹介するIBMのICP(IBM Certified Professional)制度に学び、従来の「年功序列」「ジョブサイズ」評価から「プロフェッショナルとしての専門性・市場価値」を評価する仕組みへの転換。特に上司評価だけでなく、同業他社を含めた「プロ中のプロ」による専門性認定の仕組みや、外部市場価値を反映した報酬制度の導入を検討する。

三位一体の権限委譲を実現する人事制度設計

 高橋氏は意思決定には「能力」「情報」「権限」の三位一体が必要と指摘していますが、人事としては特に以下を検討する必要があるでしょう。

  1. 権限委譲を支える情報共有システムの構築: 経営情報の透明化・可視化を促進するITシステムの導入。特に第一線の社員が経営視点の情報にアクセスできるダッシュボードや、現場の情報が経営層にスムーズに伝わる双方向コミュニケーションツールの整備。

  2. 意思決定能力向上のための継続的トレーニング: エアラインのパイロットが定期的にシミュレーター訓練を受けるように、管理職や意思決定権限を持つ社員に対する定期的な意思決定トレーニングの制度化。特に複雑な状況下での意思決定プロセスを振り返り、改善するセッションの実施。

  3. 権限委譲の段階的プロセス設計: 単に「権限を与える」のではなく、前提となる能力開発と情報提供を含めた段階的な権限委譲プロセスの設計。例えば「見習い期(意思決定プロセスの見学)→参画期(意見提示)→試行期(限定的権限下での意思決定)→完全委譲期」といった段階的なアプローチ。

考え方レベルの浸透を促進する組織開発施策

 組織の自律性を高めるには、「考え方レベル」の浸透が不可欠です。人事部門が主導すべき施策としては以下が考えられます。

  1. 具体事例の共有を促進する場づくり: 高橋氏が紹介するリッツカールトンの朝礼のように、抽象的な理念暗唱ではなく具体的な事例を共有する場の設計。例えば「バリュー体現事例発表会」や「ベストプラクティス共有会」などの定期開催。

  2. 経営陣による「考え方」発信の支援: 経営陣が自らの言葉で「考え方」を伝えるための支援体制の構築。例えば経営陣と若手社員の対話セッションの設計や、経営陣自身の体験談を含めたメッセージ発信のサポート。

  3. 「城を作る石工」の組織風土醸成: 高橋氏が引用する「城を作る石工」の寓話のように、同じ仕事でも意識の違いで成果が変わることを認識させる施策の導入。例えば「自分の仕事の意味」を考えるワークショップの実施や、組織のビジョンと各自の仕事のつながりを可視化するセッションの開催。

  4. 「質問する文化」の醸成: 「わかっているのか」を確認するための「質問する文化」を育む施策の導入。例えば「質問上手コンテスト」の開催や、1on1ミーティングでの「質問スキル」向上トレーニングの実施。

まとめ:人事部門も役割転換する必要

 高橋氏の講義内容を踏まえると、人事部門自体も「管理型」から「育成・支援型」へと役割を転換する必要があります。人事部門は「What構築能力」を持つプロフェッショナル人材を増やすための「プラットフォーム」として機能し、社員一人ひとりがリーダーシップを発揮できる環境を整える役割を担うべきです。そのためには、人事部門自身が既存のHowに囚われず、「人材育成のWhat」を常に問い直す姿勢が求められます。

 組織の自律性向上は、働き方改革や多様性推進といった他の人事課題とも深く結びついており、これらを統合的に捉えた人材戦略の再構築が、今後の企業人事にとって最重要課題といえるのではないでしょうか。

未来的な企業環境で、社員たちが「自律型組織」について活発に議論している様子です。デジタルスクリーンには「What-How-Do-Check」のフローが映し出され、メンバーが意見を交わしながら、新しい組織の形を模索しています。自由で協力的な雰囲気が、分散型リーダーシップと革新的な働き方の概念を象徴し、未来のビジネスシーンを想起させてします。

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