浦上咲を・・かたわらに α (alpha)
Episode1 ほんとうの生命(生きる)のありか
柔らかな朝の日差しがカーテン越しから指していた。
僕の真横で、すーすーと寝息を立てている咲は、一糸も纏っていない姿で僕の横に寄り添う形で寝入っていた。
咲の肌が心地よい
ぬくもりと、ささやかな静けさと、激しい切磋の記憶。
すべてを包括して朝のその光にまどろむ。
僕は、得がたい宝を愛しむようにそっとその絹のような髪と、腕に心地よく重しを載せるその白くたおやかな咲の華奢な肢体をゆっくりと愉しんでいた。
僕は考えていた。
(僕たちは、堕落した存在なのだろうか・・・。)
咲が目覚めたとき、僕はまた、その爽やかな朝のまどろみの時間の中で、ひたすらその絹の流れのような咲の世界に、僕は・・・・・。
どうしても浸りたかった・・・、
咲は母親のように僕のすべてを受け入れ、僕を狂おしく求めた。
深い・・・・海の味と、ぬくもり
母の記憶のある狭い暗い通り道に、母なる川に帰る鮭のように、
僕の制御不能な器官が回帰しようとする。
咲というの川の上流で回帰した鮭がはじける。
川はうねり、やがて・・・・・・心地よい静寂。
たおやかな丘が、朝日に映えて小さく小刻みにふるえている。
しっとりと露がその丘を湿らせている。
・・・・温かい・・・・・・・・。
「いのちのもとを、あたしはほしいんだ。」
咲は、時々そう言った。天然の摂理として、そこにそれはあるのなら、それは事実として何をはばかる必要があるだろう。
だが、自分の胎内において実感できる女と、あくまでも、その因というものでしか関われない男というものの間には、何かしら違いがあるように思った。
「あたしが生まれてきた確率ってどのくらいのものなのかな・・・・。って考えることがあるわ。」
咲は時々そんな無邪気な疑問を持つ。
あらためて考えると、えらいことになる。
咲が、咲としてここにあるためには、咲の母の胎内で咲という命の光が、何兆分の1ともつかない確率の和合を持ってそこに事実として生じた。
その事実を得るためには、父母の出会いも含め、またその父母の生まれ出でるための確率が相まって、その事実の因と縁が何一つ欠けても。
今、ここに「咲」は存在しない。
すなわち、自分が今見回すすべての事象は、これらの事実があってここにあるのであり、そのことは、これからの未来の因や縁を新たに生み出している事実として目の前の「咲」が存在しているのだ。
だとすれば、ものすごい奇跡に今遭遇している。そのことを咲に囁くと、
「そっくりそのままあなたに返すわ。」
さすがだ・・。どこでそんな境地になったのだろう・・。ある意味「怖い」
ついさっき、咲の胎内には、僕という幾多の因が光を求めてその川を遡上しているだろう。ところが、そこに受けるべき縁がなければ、その事実は生まれなかったという事実に変わる。つまりは、なにもなかった。と言うことと等しくなる。
この事実はこのように常に動き絶えず変化して、
一定の形をなさないものだ。
人は、ほんの僅かな事をもって、それがすべてだと思ってしまう。たとえそれがいいことであっても悪いことであっても、すべてそうだと思ってしまう。
さっきまで、咲と本当に一つに溶けたいと心から願っていた。そして、咲の川を上ることによって、それは果たせるものと感じていたし、一つになっていたと自ら感じた。
しかし、触れ合うことはできても、溶けあう事実はない。溶けたと感じることはあっても、溶けているわけではない。本当に一体となって溶けた事実があるのなら、咲の胎内から因を求めて進み出た卵と無数の中のたった一つの精がカルシウムの波を放ったその一瞬においてのみである。
ただ、この時に、お互いが溶けた・・・。と感じることはない。
胎内で溶けた結果を、母胎がその本能によって感じ取るのみなのだ。
人は、一体何のために人を愛し、そして求めるのだろう・・・。
「ううん、そうじゃないわ、せんぱい・・・。世には「恋」が溢れてるの・・・。」
「恋と愛との違いって?」
咲は僕の胸に2つの漢字を書いた。
「愛はなか心、恋はした心・・・・」
「ほぉ・・・・なるほど。」
愛はそのもの、恋は手段ともとれる・・。僕はその時そう思った。
「身体の中でね・・・、こう、入った・・・って感じると、入ったものがそれこそ愛しくなってくるの。」
身体のしたにある心「恋」などは、胎内に命が入った瞬間にどこかに消えてしまうということなのか。
「あたしは、あなたに抱かれてるのか、それともあたしがあなたを抱いているのか・・・。どっちなんだと思う?」
咲は、その白い透き通った肌を顕わにして、僕に問うてくる。
「あたしはあなたをあたしの中に感じたい。だからあたしはあなたを今抱いてると思うのだけど・・・。」
咲は、髪を乱し、吐息を荒げながら、僕の腕の中ではげしくあえぎ、つぶやいた。
「あたしは・・・・あなたの女神にはなれない・・・。」
そう言って、咲はものすごく深い溜息と共に。身体を大きく弓なりに反らせ、ひくひくとこわばらせたかと思うと、そのまま静かに力尽きた。
それと同時に、咲の中に僕がはじけた。キザないい方で言えば、「なかごころ」に身体が転じた瞬間だった。
男はこの瞬間に相手と「溶けた」と感じるのだ。
人は、こうやって、静かに歴史を紡いでいくのだ・・・。
咲は、洗面所で化粧を直している。
身だしなみを整えている、ということなのだろう。僕はちょっと意地悪な質問を咲にしてみた。
「咲、何でお化粧してるの?」
咲は何で?という顔をした。頭が狂ったんじゃないのかという様な顔だ。
「・・・だって、すっぴんってハダカで歩く感じだもの・・・。」
人は、あるがままがいいという。だから、単純に僕は化粧とかいう「虚飾」はそもそも要らないのではないのだろうかという考えにとらわれるが、実はそれはまちがいじゃないのかと思っていたのが、咲のこの言葉で何となくわかった。
みなが化粧をしている世界の中で、敢えてちがうことをするのはあるがままということではない。
ひとは、こうあらねばならないとか、そうあるべきだとかいうように、たとえば「聖」と「俗」とを分別したがるものだが、実は、それは正しい見方ではない。
かといって、「聖」と「俗」が同じであるからなくしてしまえというような極端なものでもない。
化粧はあたりまえだが、やらねばならないというものではない。
ただ、この世に生きていくうえで、普通にやってることならば、敢えて抗う必要はない。
なぜならば、そういった現象そのものすべてが、あるべくしてあるシステムであるからだ。
人に限らず、ものみなすべて、あるべくしてあるというシステムの中に存在するというわけだ。
その中で、人は、ただひたすら生きることで、その真実を全うするのだということが言えるのだ。
うん、そうなのだ。咲は僕にとってソクラテスでもあるのだ。
僕は、このようにきわめて深遠な、そして哲学的な思いを、咲という素晴らしい女性に向けようと身構えていた・・。
「おまたせ~~。」
咲は化粧を済ませて僕の横に坐った。
「咲、お化粧は、誰のためにするのだろうね?」
「ばかね~、自己満足のためにきまってるじゃん、みてみて~、今日の目元はばっちり!。か~わいいでしょうぅ~・・・!」
・・・・・参った・・・。