『aラストティア』~荒野の楽園編~ 第二章セピア世界 09豊穣神の種と豊穣神の花
第二章セピア世界 09豊穣神の種と豊穣神の花
カレンと優理は自然の楽園を後にして、ヒロキチ村長の待つ村へと戻っていた。
二人の姿を見るなり、村長は待ってましたといわんばかりに立ち上がり駆け寄る。
「いやはや、待ちくたびれましたよお二人さん。待ちすぎて皮膚がこんなになってしまいましたよ。」
冗談めして言う村長だったが、彼が放つ言葉は全て嫌みに聞こえてくるのはなぜだろうか。
興奮して落ち着かない村長を宥めるカレン。
「まあまあ、慌てないで村長さん。これから村のみんなにも手伝ってもらわないといけないことがあるから。」
「村のみんな?はて何をするんだい?」
首をかしげてこちらを見てくるが、優理は何も聞かされていないのでよく分からない素振りを見せる。
ほどなくして村人全員が、広間に招集された。
カレンが皆の前に踊りでて声を張って言う。
「私は赤のティアの所持者(マスター)カレンだ。村長の願いを聞き入れ、皆に自然の恵みを授与したいと思う。」
村の人々はカレンの言葉を聞いて「やった、これでつらい日々とはお別れだ」、「カレン様ありがとう」などと歓喜する。
カレンが村人の喜ぶ姿を見て笑みを浮かべ、間を置いて続ける。
「静かに!嬉しいのは分かるが、自然の恵みを渡す前に皆にやってもらいたいことがある」
一同が静まりかえり疑問の顔を浮かべる。
「自然の恵みとはいえど有限なことには変わりない、今ここで一定量を得たところで同じことの繰り返しだろう。だからできる限り、それを永久にできるようにしたいと思う。」
「一体どうやったら永久に恵がえられるんですかい?」
村の一人が尋ねる。
「今からそれを説明する。」
そう言うとカレンは袖から何か取り出して皆に見せる。
「これは豊穣神の種(ティアシード)と豊穣神の花(ティアフラワー)だ。豊穣神の種は植えることで、その地面を栄養価の高い上質な土地へと変化させ、あらゆる作物の種を永久的に生み出してくれる。豊穣神の花は、根から吸い上げた水分を浄化して、花の中心部分からシャワーのように降り注いでくれるものだ。この2つを配置する場所を皆には作ってもらいたいと思う。」
どうやらカレンは、自然の楽園でイリィと相談し、ただの食料や水を与えるだけでは無く、永久的に得られるように育てられるものを選んで持ってきたようだった。
豊穣神の種はカレンの説明した通り、植えた場所から一定の範囲で上質な土が形成され、そこに人間の手を加えなくても、自然と様々な作物の種が生まれ成長していくものらしい。つまりやる作業は水やりと収穫の2つのみというわけだ。その土地の確保と柵の作成をこれからするみたいだ。
そして豊穣神の花については、花の中心から降り注ぐ水を貯水するダムのようなものを作るらしい。
一同がカレンの指示通りに作業に取りかかり始める。
貯水地と畑はできるだけ近くに作ることになった。いくら自然に種が植えられるといっても育つのには水が必要だから、運ぶ手間を省くためである。
優理も作業を手伝いながら、カレンにふてくされて聞いた。
「何で俺には何も言ってくれなかったんだよ」
するとカレンは優理の顔も見ずに、作業する手を動かしながら
「あら?言ってなかったかしら?あ、そうだわ、向こうで可愛い少女といちゃいちゃしていたからお邪魔しちゃ悪いかと思って言わなかったんだったわ」
急にお嬢様口調になるカレン。どうやらまだ根に持っているらしい。
「あの子に関して俺は何も知らないって」
「そうでしたわ、あの子とは記憶が無いほど仲が良いんですものね」
そう言うとカレンは他の村人達のところへ手伝いに行ってしまった。
「ったく、なんで機嫌悪いんだよ」
理由も無く怒っているカレンに不思議に思う優理。するとそこに・・・・・・。
「ニュートン!!??」
ヨロヨロと疲労困憊で疲れ切っている感じによろめき歩くニュートンが優理の前を横切った。
ニュートンは名前を呼ばれても優理に気付かずに、ヨロヨロと歩いている。
そんなニュートンを両手でひょいっと拾い上げて優理が言う
「お前どこにいってたんだよ、心配したんだからな」
優理に優しく声をかけられて、「僕を心配してくれてたの!ありがちょーーー」と言っているかのような表情で目を潤ませるニュートン。
そんなこととはつゆしらず、もう勝手に離れるなよとおなかのポッケにニュートンをお仕込みぽんぽんと叩く優理。
ニュートンも疲れていたのか反撃することなくそのまま眠ってしまった。
「はぁ・・・・・・」
優理のもとを離れて別の作業場に向かったカレンは一人ため息をついていた。
自然の楽園から返ってきてからなにかがおかしい。別に体調が悪いとか、怪我が酷く辛いとかでもないのに・・・・・・。
「きっと優理とあの女の子のせいですわ、男女であんなに近づいて触れ合うなんて・・・・・・」
平常時は強気で男勝りな部分が強いため、これまで恋愛なんてものとはからっきし縁が無かった。だから普段は可憐という言葉が似合うカレンも、恋愛というジャンルにおいてはつい取り乱してしまう。
ため息をつくカレンに村長であるヒロキチがやってきて尋ねる。
「そろそろ貯水地が完成します、一度見に来てくだされ」
「あ、はい、今いきます」
そう返事を返したあと右目の眼帯を抑えながらつぶやく。
「仕方ないよね・・・・・・、強くなるって決めたんだから」
村長に呼ばれて向かった貯水地になる場所は完璧な仕上がりだった。
予定ではあと2日くらいかかる計算だったのに、みんなやる気に満ちあふれているのだろう。
もちろんその原動力となるのは水と食料への飢え、つまり欲なのだが、人間の欲とはおそろしいものである。
カレンが完成された貯水地に近寄り袖から豊穣神の花を取り出す。
それを地面に差し込むようにしておくと、その根っこが大地を巡るようなメリメリとした音をしながら伸びていくのが感じられる。それが終わるとさっきまで手のひらサイズだった花は、茎の部分がぐんぐんと伸びていき、高さ3メートルほどにまで成長した。花びらもそれに合わせて大きくなっている。
全員がその様子に歓声をあげる中、カレンが説明をし始めた。
「この豊穣神の花は村の人全員が必要な一日分の量の水を毎日分け与えてくれる。気をつけて欲しいのはそれ以上与えてくれないということ。つまり欲張って大量に使ったり飲んだりしてしまうと、すぐに足りなくなってしまうということだ。そして何よりも気をつけて欲しいことは、朝昼晩の3回、必ずコップ一杯の水を豊穣神の花に与えること。これを忘れてしまうとすぐに枯れてしまう。このセピア世界では自然は有限、粗末に扱ったり、無駄にすることのないように気をつけて欲しい。」
村の人々は強く頷いた。
「それと、もうひとつ・・・・・・」
「まだ何かあるんですかい?」
嬉しいけれど絶対に破ってはいけない掟がまだあるのかと思い不安そうに聞き返す村人。
そんな雰囲気を察してカレンはやさしく微笑む。
「大丈夫、これはちょっとしたサービスさ」
「サービス?」
「この村には灯りが無くて夜も危険だ、だからこの大きな豊穣神の花の花びらがなんと・・・・・・」
そう言うと、両手で叩きパンパンと音をならす。
すると日が落ちてきて暗くなってきた辺りににまばゆい光がほとばしる。
「あ、明るい・・・・・・」
全員が言葉を失っていた。
まるで元の世界にあった蛍光灯のような刺激の強い白と黄色の光。
懐かしさと、これから真っ暗な夜を抜け出せる安心感が同時にこみ上げてきて、涙を浮かべるものまで居た。
「この豊穣神の花の別名は太陽の花(サンフラワー)といって、太陽のような輝きを放つ花なんだ」
カレンは歓喜する村人達をみて柔らかな笑みを浮かべながら言った。
その光を見た優理も太陽の花のもとにやってきて村人達の様子を見て思う。
自分が知らないうちに本当に世界は大変なことになっていて、こうして人々はつらく厳しい生活を余儀なくされていたんだ。
「絶対にこの世界にある楽園をティアに選ばれし者として見つけて、元の世界を取り戻す」
力強く左手の拳を握り心に誓う優理。
そんな優理の姿をカレンは遠くから目にしていた。