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【いまさらレビュー】映画:夢の涯てまでも【ディレクターズカット版】(日本・アメリカ・ドイツ・フランス・オーストラリア合作、1991年)

今回は、巨匠ヴィム・ベンダース監督の1991年作『夢の涯てまでも』のディレクターズカット版を観ることができたので、記録しておこうと思います。
ディレクターズカット版は4時間47分。同作は公開時に観てはいますが、こんな超長編ではなかった(2時間半くらいだった)…再編集のほか、デジタル化にあたってレストアも行われたとのことで、今回観たのが最終決定版ということになるでしょうか。主演のソルヴェーグ・ドマルタンをはじめすでに鬼籍に入られた役者もおられる。そんな感傷込みで鑑賞した次第です。

おはなし

※写真はイメージ。本文とは関係ありません

主要人物の一人、作家のユージーンが恋人クレアについて書いた小説を映像でたどるという体。ざっくり分けると、前半のロードムービーパートと後半のマッドサイエンティストの末路パートの2部構成となろうか。終末感を演出する背景として、核衛星墜落の危機が迫るという設定がある。

破滅型クレアのあてのない旅が、なぜか追いつ追われつの展開を呼ぶ。クレアは謎めいた逃亡者トレヴァーを追い、クレアをユージーンと探偵ウィンターが追う。それぞれ訳ありの追っ手を巻き込み、世界各地で繰り広げられる逃亡劇。ようやく東京でトレヴァーに追いつき、ユージーンたちを振り切るクレア。箱根の旅館で主人から「目で見えるものと、心で見えるものは違う」との言葉を得る。

トレヴァーの逃亡理由と旅の目的が少しずつ明らかになる。目的は盲目の母に“映像”を見せるため、向かうのは両親がいるオーストラリアだ。クレアと恋仲になるのは奇跡の偶然である。ドタバタを乗り越え、いつの間にか合流するクレアたちとユージーンたち。先住民のコミューンでトレヴァーは両親と再会し、旅はいったん終わる。

父ヘンリーとの確執・対立がありつつ、トレヴァーの映像転送実験は成功。逃亡者一行と先住民との不思議なセッションにより幸福感で満たされる中、盲目の母エディスが生涯を閉じる。

放射能拡散の不安は去り、仲間たちはもとの世界へと戻っていく。一方、失意のヘンリーは夢の記録実験へと没入。トレヴァーとクレアも巻き込まれる。夢の記録と映像化には成功するものの、同時に重い中毒症状をもたらすことも明らかに。半ば廃人と化す3人。ユージーンはクレアを連れ出し隔離する。

端末のバッテリー切れとオーストラリアの広大な大地、自然に寄り添って生きる先住民の信仰と文化…クレアとトレヴァーはようやく深い夢から解放され、それぞれの一歩を踏み出す。ヘンリーはアメリカの国家組織に拘束されるものの、夢記録装置の秘密は明かさず命を落としたと語られる。

基本、ユージーンが書いた小説という体なので、ユージーン本人は聖人君子のとてもいい人として描かれるし、心底腹黒いキャラは登場せず、都合のいいハッピーエンドも用意されている。(クレアとトレヴァーのバーでの再会案は採用されない)同作の原案にはクレア役ソルヴェーグ・ドマルタンも加わっており、クレアはドマルタン自身の投影だったのかもしれない。

最初の公開当時、サントラのCDを買ったことを思い出した。改めて見てみると、U2、R.E.Mをはじめ大物スターがズラリ。『ツインピークス』で名を馳せたジュリー・クルーズ(※2022年に亡くなった)もラインアップされている。そんなところも、感傷とともに観てしまうポイントである。

肝心なことは目に見えない

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劇中、箱根の旅館主・笠智衆がトレヴァーに語ったのは「目で見えるものと、心で見えるものは違う」ということ。また終盤では、新約聖書の「はじめに言葉ありき」の引用もあった。

サン=テグジュペリ『星の王子さま』では、キツネがこう教えてくれる「それはね、ものごとはハートで見なくちゃいけない、っていうことなんだ。大切なことは、目に見えないからね」(『星の王子さま』浅岡夢二訳)。また、仏教には「行者は心眼(しんげん)を以て己が身を見るに、またかの光明の所照の中にあり」(『往生要集』源信)との言葉がある。視覚はとかく人を惑わすノイズだらけだ。

一方、転送された映像を見たエディスは「美しいものではなかった」と語る。逆にクレアたちは自分の夢映像に中毒し、廃人一歩手前まで追い詰められる。テクノロジーによって“見えた”世界は果たして何なのか。SF的なテーマがここにある。

なんだか攻殻機動隊の世界観とリンクした。

それはさておき、雄大なオーストラリアの大地をはじめとても美しい映像によって綴られている同作、ただ美しいなとぼんやり見るだけでなくそこにある詩情を受け取ってよねというメッセージも含まれるであろうか。

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およそ5時間という超長尺だけに、気軽によかったから観てよねとは言いづらい作品ではある。また、クレアたちの長い旅路は、もしかすると退屈と感じる人がいるかもしれない。それでももし時間が許すならば、ベンダース監督の夢世界に身を委ねて欲しいと思う。

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