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ナンパの苦悩を知ろう!(実践編79)vol.123
201◯年11月某日。
俺は検査の結果を得た。
尿も血液も異常はなく、CTスキャンレベルでの異常もない。
もちろんエコーのレベルもである。
残すはMRIのみ。
この結果は、4.5年前と同じものである。
診断の結果を待つこと、1週間あまり。
俺は自分が「がん」であることを覚悟していた。
人生は長ければいいという訳でなはなく、かといって短く瞬間的に燃焼するのがいい訳でもない。
幸運にも俺はアラフォーの年齢まで年を重ね、男として一通りのことをしてこれた。
何も言うことはない。
がんを克服する女と、がんで散りゆく男。
そんな二人もあるのかなと、静かに時を刻んできたつもりである。
だが、俺の身体には何の異常値も確認できなかった。
分からない。
俺一人のことで片付けられるならそれも一興なのかもしれないが、あいにくそんな悠長な感覚を持てる立場でもない。
それは偶然にも俺には待つべき女がいるからである。
今まさにがんを克服しようとしている女。
出来れば、二人で共に苦しみを共有したかった。
でも、それは出来ない。
いや実際、克服しようとしているのか、あるいはその辛さに根を上げ、白旗をたなびかせつつ、諦めの中でただ呆然とそれを見つめるだけなのか、女の網膜に映る色彩が俺には想像できないでいる。
女の頭の中は、網膜に焼き付けられる白旗の色よりも、もっと鮮明な白さに覆われているのではないか。
女は何も考えられない。
俺は女に起こりうる辛さを、次の3つに限定していた。
痛みと吐き気と苦しみと。
今回女が服用している抗がん剤の副作用は抜け毛の症状はあまり出ないと女から聞いていたからである。
でも。。。。
愚かにも俺はそれが程度の問題であろうことを想像することができなかった。
確実に、抗ガン剤の副作用は抜け毛となって女を恐怖に陥れている。
俺が薄毛で悩んでいるのとは訳が違う。
俺が薄毛対策の反作用で、EDに悩んでるのとは訳が違う。
髪がどんどん抜けていく自分を見て、女は鏡の中の自分に何を思うか。
俺がこのことに想いを巡らすようになったのは本当に時間がかかった。
いろんなブログを読んでいる。
でも、女と同じがんを患いそれを闘病の記録としてブログにアップし、その反響を得て生きる勇気に変えている人間は、僅かしかいない。
大半のブログは病に伏しながらも生きる希望を持ち、常に明るく気持ちを高揚させているその結果しか綴らない。
療養中の辛さや苦しみはほとんど語られず、ただ前をのみ見つめて希望の言葉を発していくのである。
自分の今の辛さを、自分の今の境遇とこれからの自分を考慮しつつ今ここで語るとしたら、それだけでも自分を追い込んでしまうということを、患者は本能的に知っているのであろう。
女は今の苦しみと勇敢に闘っている。
そして、際限のない見えない恐怖とも闘う。
それは幾つもある。
ひとつは、自分の排泄機能がちゃんと戻るかどうかの恐怖である。
もうひとつは、そんな片々たる思考も吹き飛ばしてしまうような自身の余命に対する恐怖である。
俺はこの数日、いや死を覚悟したこの数日だからこそ、女の置かれている境遇を、自分の身に置き換えていろいろ考えている。
いいも悪いも、俺は人造人間である。
己を仕上げ、いくつものイミテーションで虚飾している。
そして、俺がナンパを通じて培ってきた人間に対する大胆さと可笑しみは、実は女に対して向けられねばならないと、俺はしみじみ思っている。
完全な状態に戻らなくてもいい、俺は女を労いたい。
確信してトレースした女の表情が今までと違っていてもいい。
そして、俺は女に対してこう言うのだ。
「俺が被ってるのはヅラ、◯◯ちゃんがつけているのはウィッグだね!」と。
「俺ら二人、同じで嬉しいね。笑」と。(終)