怖くてエグい話⑥ vol.533
201◯年2月某日。
俺は尊敬してやまないナンパ師Zとサシで飲んだ。
彼は男に対して真綿を包むように優しいし、女に対して羽交い締めにして温めるように穏やかである。
この男の空間はとても居心地が良く、調べの緩やかな言葉の音階は、俺に心地よい安息の時間を提供する。
だからこの男は女を手当たり次第に抱けるのだ。
自分の男を押し出さなくても、女の方から男の内懐に飛び込んでくる。
そんなイメージだ。
羨ましい。
とはいえ、俺が飛び込んだらそれこそモーホーになる。
それだけは勘弁してもらいたい。笑
さて、この日も、とある新宿のBARで俺らは時を移す。
この後俺らは新宿の3丁目界隈でコンビしようと息巻いていた。
その前段の話である。
Zはある日のこと、とても怖い思いをしたという。
場所は池袋。
北口から出た街並みは比較的風紀の悪い土地柄で、風俗街から受けるだらしないさと淫靡さが、女にこの地で独り歩きを躊躇させる何かを思わせる。
雑多な街並みは、この地で負けを認めた者たちが、我が身を隠すのを当たり前としているかのように、随所に隠れ得るスペースをこさえている。
例えば、女が独り歩きをしていたら、ふぅっと何処からともなく出てきて、女を攫ってその場で手篭めにしようとも全く分からないような秘密の空間が、至る所に存在している。
そんな折、Zは夜丑三つ時にこの地を友人宅から引き上げようとしていた。北口はタクシーの集積地である。
そこまで歩いておよそ15分。
さすがに男でもこの地を歩くのはこの時間度胸がいる。
Zは普段、ブラウンの先の尖った、いわゆる遊び人の靴を穿っている。
それがとてもよく似合う。
だがその種の靴は、靴底から発生するツカツカという音が時折異常に大きく聞こえることがある。
一人で歩いている時、普段は日常の雑踏に紛れて気が付かない音が、周りの静寂が靴の音を増幅させていく。
よくあることだが、自分の足音が誰かの足音が分からなくなる瞬間である。
そんなタイミングで起こった出来事。
女の悲鳴が上がったのである。
「きゃー、助けて〜!」という女の悲鳴である。
Zは足を止めた。
しばらく女の次の悲鳴を静かに待った。
その声は近いようで遠かったかもしれない。
Zのいる場所を一台の車が通り過ぎていく。
スピードが出ているが、リアのガラス越しから一瞬だけスローモーションのごとく結んだその映像は、女が男と争っているビジョンである。
Zは思った。
もしかしたら、女はこの近くで誘拐されたのではないだろうか。
もの凄いスピードで過ぎていく車の軌跡が朧げになっていく。
Zは女の末路を悲しく思った。
おそらくあの様子では、2.3人の複数の男が女を無理やり車の中に押し込め、暴行を図ろうと何処かに連れ去ったのに違いない。
Zは悲しく思うと同時に、女の安否の不確かさを思った。
その人数で、次々と手篭めにされた女に、生の執着は許されるだろうか。
そんなことを思ったという。
新宿のとあるBARで、こんな話をZから聞く。
新宿という街は、池袋に負けず劣らずの危険な街だ。
俺はこの後、ストナンする気力が失せ、逃げるようにして家路を急ぐことになる。
本当に危険なことが起こったのか何も確証はないのだが、久々に想像するだに恐ろしい話だった。(終)