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週末の山下公園でマクドナルドを食べて考えた、生きるスピードのこと。
先日初めて山下公園へ行った。雲ひとつない青空によく似合う、爽やかで開けた公園だった。
お花が咲いていたり、噴水があったり。家族連れで溢れるその場所はにぎやかながらも心地よくて、一人でいても一人じゃない気がした。
犬もたくさんお散歩していて、いいお天気にご機嫌そうだった。
山下公園を歩いていると、マクドナルドをテイクアウトしている人が多いことに気づく。マクドナルドが近くにあるのかと探してみると、本当に公園の目の前にマクドナルドがあった。
「あっ、私も山下公園でマクドナルドを食べたい」と思って、早速マクドナルドへ向かった。レジで注文するとき、店員さんにまっさきに「持ち帰りでしょうか?」と聞かれ、やっぱりみんな外でマクドナルド食べるんだなと1人心の中でニヤニヤした。
短く「はい」と答え、てりやきマックバーガーのセットを頼んだ。
テイクアウトのこの袋、いつ見ても飽きのこないデザインでとっても好きだなあと思う。
木陰のかわいいベンチを見つけ、早速マクドナルドを食べることにする。
青空に雲ひとつないというのは、それだけで幸せになるような気分がする。その美しさを感じられる心の余裕があることにも感謝しながら。
時々体と心、気持ちと事実のどちらかが前に進んでしまう時がある。手をぐいぐい引っ張られて自分の進みたいスピードで歩けないことは結構ストレスフルなことだと思う。
それは周りの人だけでなく、自分でもやってしまうことが多い。日々の生活でせわしなく動いていると、自分と何かのスピードがずれることに気づかない。
そのスピードのずれに叫び出したくなるときにはもうだいぶガタが来ていて、回復するのに時間がかかるのではないか。
スピードのずれに1分でも早く気づくことは、自分自身を守ることにつながるんじゃないかなあ…と山下公園でマクドナルドを食べてぼんやりしながら思った。
まず、誰かや自分のスピードにちゃんと気づける人になりたい。
誰かの手を無理やり引っ張ってないか。
自分の背中を無理やり押してないか。
違うスピードを合わせるのも大変なので、もし自分のスピードが速いのなら、どこかで自分がコーヒーを飲んで休憩して待っていたっていい。その逆だったら、相手にどこかで立ち止まってもらう機会があっても良いのだ。
何事も身軽に考えて、お互いが気持ちよくいられるスピードを探していけば良いのだと思う。スピードが違うことに拒絶もせず、無理して合わせることもせず、それぞれのスピードを受け入れていきたい。自分も、周りも。
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