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天藤真『大誘拐』

米澤穂信先生の読書エッセイ『米澤屋書店』は読書ガイドとしてとても有用なものです。
冒頭で、先生が一人の作家につき一冊というルールで、最も愛しているミステリを十冊挙げられました。
つまりはそこで『大誘拐』を知った訳でありますが、「完璧なミステリ。スケールが大きい。とても魅力的な人物」と言われているんだから読みたくなって仕方がない。
そしてその言葉通りの傑作でありました。

以下はネタバレ含む感想なので未読の方は作品を読んでから













米澤先生も仰っていたように柳川とし子刀自の魅力がまずは惹きつけられます。
柔らかな関西弁で話し、周りの幾人にも愛される人柄。慈善活動を多く行い、人々を導いてきた。そんな好人物が誘拐されると、それだけの面ではなくなり、何を考えているのか分からなくなってしまいます。
誘拐されてからの刀自は落ち着き払っている刀自ですが、刀自以外に危害が加わる事と身代金百億円の二つには強いこだわりを見せ、表情と目の鋭さが変わるのです。

そして柳川とし子刀自は人質として常識外れな行動を取り続けていく例外すぎる人質だったのです。
犯人達は五千万円を要求する予定だったのに人質が百億円に釣り上げて自分の家族から金を毟り取る。
犯人達のアジトは警察に見つかりそうと分かると知り合いの家をアジトにさせてしまう。
他には人質の生存を証明する時や身代金の受け取りと回収、この大誘拐の端から端まで人質がプロデュースしたといっていいほど犯人に知恵を貸します。
中盤辺りから読者は刀自の目的は何かを考えてしまうと思います。それはしっかりとした伏線に支えられていて納得の行くものでした。



ミステリーとして
刀自の手紙によって犯人側の要求などが警察などに伝えられて、警察もテレビ出演で答えたりするシーンが何度か続きます。
準備している警察がやられた!捕まえられなかった!となってからどうやって出し抜いたか?(HOW)を推理することが出来ます。
それが何度も炸裂して最後まで成功した後に、県警本部長の井狩に細部を指摘され、なぜ協力したか(WHY)が明かされる。
身代金を用意させる時に、柳川家が持つ山の大部分を売らせたことから資産の始末であることは分かっていましたが、そのきっかけは体重の激減によって寿命が少ないと意識し始め、自分が死ねば先祖が育てた山林を奪うだろう国への憎しみが湧き始めた。からだという。奪われたうえ、いい加減に手入れされるのがたまらなく嫌だった。

「お国って、私には何やったんや」
「ほな、私の一生は何や。そないなやつらに奪われるための一生やったんか」

その一週間後に誘拐されたのは良い機会となった。

終章で細やかに三人組の行く末と百億円の使い道がそうなるのも納得するものでした。
ところで税金を取られる悔しさがあるミステリは最近読んだものでいうと「覆面作家、目白を呼ぶ」北村薫と『妖盗S79号』泡坂妻夫がありますね。ふと思い浮かびました。

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