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『雑兵物語』
2018年に、
曲亭馬琴作『南総里見八犬伝』にドハマリしたんだが、
読み終えるまでに最も気になった登場人物は、
里見家に取り立てられた後からの八犬士達が、
「こちらに20人」「100人ほどあれば良い」
と事も無げに動かせるようになった組子達。
つまり雑兵達。
名前すら出ない彼らにも、
一人一人の身体と人生があるはずだが。
点訳ボランティアは基本無償なのだが、
実を言うと特典が無いわけではなく、
点訳に使用した原本は、
書き込みが多く古本屋に売る事も出来ないので、
欲しい者は持ち帰って構わないとされる。
私は積極的に棚を探る。
そして掘り出し物を見つける時もある。
『現代語訳 雑兵物語』
ちくま文庫 2019年 訳・画かも よしひさ
こんなもん「買い」に決まってるじゃないか……!
(いや。買ってないけど。)
1600年代後半に編纂され、
黒船来港まで下級武士の、
恐ろしくも「実用書」であった文書を、
俳優かつ画家であったかも氏の訳出と絵解きで読めるって、
貴重に貴重を重ねたコラボレーション!
絶対終生私蔵確定。
心置きなく我が物として読む。
そんで泣ける泣ける泣ける泣ける。
雑兵達の実在っぽい肉声っぽい言葉の数々が。
(略)梅干しは喰えばもちろんだが、なめただけでものどがかわくものだから、(略)梅干しを見てもまだのどがかわくべいなら、死んだ奴の血でも、泥水の上のきれいなところでもすすっていなされ。(略)
(略)荷物をしばっておいた縄は里芋のくきをよく干して縄にないあげ、味噌で味をつけて煮てから荷縄にしてきたから、(略)火にかけてこねまわせばちょうどいい味噌汁の実になるべいぞ。(略)敵の領地へ足を踏みいれるとすぐ、なんでも目に見えしだい手にさわりしだい拾っておけ。とにかくいくさのあいだじゅうは飢饉だと思って、(略)
(略)おえら方のおさむらい衆やおまえさまなどは、強そうにいかめしいかっこうをなさってはいるべいが、暑い時や寒い時、腹がへった時や眠りたい時に、
自分の身体をどうやってもたせていくかをおれほどにはお知りなされまい。ともかく、乞食の生き方を、陣中ではお手本になさるのが一番でござります。
「恐ろしくも『実用書』」と、
先ほど私は述べたのだが、
こんな具合に全編通して「人の台詞」なんだ。
どう思う?
徴兵されて上官から「これ読んどけ」って渡されたら。
しかし「ふざけんな戦えるか」って思えるのも現代感覚で、
江戸時代はこれを皆が読み心得ている事前提で、
出陣進軍していたという事実。
物語として読み物としては皆愛すべき人物像だけども……!
かも氏の前書き『雑兵物語について』の一部が最も痺れた。
長いけど抜粋。
まるで時間が止まってしまったように、品川の浜へ幔幕を張り、甲冑に身を固め、定紋打った陣羽織を一着し、采配をにぎりしめて海をにらみつけるさむらいのうしろで、
鉄砲同心は十六世紀半ばに伝来したまま、ただの一度も改良されなかった火縄銃をかついでいる。
フランスではルイ十四世の治世にあたる頃書かれた『雑兵物語』は、万有引力も百科全書も産業革命もアメリカ独立もフランス革命もナポレオンも七月革命も二月革命も太平天国も知らぬ兵士たちの、行動の規範であり続けているのだ。
それはSF的ともいえる恐ろしい風景に違いない。(略)二百五十年の平和というのは国民にとって果して幸福なことであったのだろうか。先祖代々骨がらみになった貧窮と卑屈きわまる人生の代償が目の前にした黒船なのだ。(略)
黒船の乗組員側から見た、
しかも恐怖を強く感じ取れた事はこれまでに無かった。
この視点を得られた時点で、
この読書は私にとって実に有意義なものとして確定した。
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