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②【ネタバレ注意】止まらない世界で~映画「ラストマイル」感想~【本当にネタバレしてます】

【本文は読了までに6分強かかります。ご参考までに】

 無数の0と1の羅列を縫うように走る細い光線。集積したデータを思わせるそれらを大胆に横切る太い光の流線形。いかにもデジタルな空間はやがて、無骨なアスファルトを走る軽トラックに乗った宅配業者の親子(日野正平、宇野祥平)へフォーカスしていく。本作がこのあと描いていく世界観を象徴するようなシークエンスだ。
 人気ドラマ「アンナチュラル」「MIU404」のキャスト・スタッフが再集結し、シェアード・ユニバース・ムービーと銘打った本作は、両作のファンはもちろん映画だけ見ても楽しめるヒューマンサスペンスであり、現代社会の片隅を浮き彫りにしながらエンターテインメントとしても楽しめる快作だった。

 数年前、勤め先の飲み会で、私の親世代の同僚が「GEOの宅配レンタルを使ってるの」と語っていたことがある。
 結構な地方だったので、失礼ながら「この地域でも、しかも私の親くらいの人もネットで宅配を頼むのか」と驚いた記憶があるのだが、その頃から元号も変わった今、通販や宅配サービスは日本列島の端から端まで浸透している。そんな今現在、「届いた荷物は爆弾だった」というアイデアはどうしたって身近で背筋が凍る。
 「小包爆弾が届くかもしれない令和の日本」という世界観は、世界規模のショッピングサイト「デイリーファスト」(以下、「DF」)の巨大物流倉庫のセンター長に着任したばかりの舟渡エレナ(満島ひかり)と同チームマネージャーの梨本孔(岡田将生)を主人公に混乱を極めていく。そして彼らと同じ時空で、「アンナチュラル」や「MIU404」で人気を博した面々も奮闘するというわけだ。

 物流業界とは縁のない私でも身につまされるネタが多く、正直なところ若干暗い気持ちで目の前の映像を追った。
 2年もいれば「あなたは長くここに勤めている」と扱われる職場、顔も名前も覚えられない無数の非正規職員、誇りをもって勤めていた会社が倒産したためやむを得なかった転職、寝食を惜しんで高給取りになったが世を去った仕事仲間――。
 とりわけ印象的なのは、登場人物の誰も純然たる悪人ではないが、見るべき問題の核心を見ず、旧態然とした働き方を語ったり無関心を決め込んだり、時に責任を押し付けあう姿である。そうした現代日本の雇用における負の側面を集約させたような人物が、今回の真犯人であったろう。DFの元職員であった恋人(中村倫也)と将来を誓い合っていたものの、恋人は会う度に心身を病み自殺未遂。彼が5年も昏睡状態にあるなか自らを責め続け、後悔と焦燥に駆られながらせめてもの訴えを起こそうとするも、やがて自らDFに復讐を企て、最後は自ら命を絶つ。私は彼女の生き様と最期を通して、どうしても彼女に同情してしまうような現代社会のドライさを見た。いくらでも誰かの替えがいる世界で、たった一人の大切な人が自ら命を絶とうとする理不尽になど出遭うはずがない、と言い切れる現代人がどれほどいるだろう。

 起きた事象だけ書き出すと陰鬱としているが、それでも2時間20分を楽しめたのは、シェアード・ユニバースに生きる魅力的な面々と、緩急巧みかつ被写体の良さを掬い上げる演出、そしてエンターテインメントとしての側面を忘れないシナリオの力だった。私はドラマ「アンナチュラル」のファンであり、本作の鑑賞にあたって「MIU404」も見始めたのだが、彼らもまた本作で綴られていたような現代社会で奮闘していた。フィクションではあるけれど、現実と地続きな世界に生きる魅力的な彼・彼女たちがスクリーンで生活しているからこそ、この物語を見ていられたのだ。個人的には上記過去作品の面々が必要以上に出しゃばるというか、やたら「映画だから」というメタなノリで活躍せず、日常の仕事を淡々と遂行している風情だったのが好印象だった。また、たとえば毛利(大倉孝二)と刈谷(酒匂芳)が画面に並ぶだけで「美しいものを見た」と思わせてくれるようなこだわりが映像の全編に溢れている。そして、あのドラマのあのBGMが劇場の音響で聞こえるだけで上がるテンション、これはもう何年も待った者ならではの醍醐味……ということにさせてください。「アンナチュラル」ファンとしては中堂系(井浦新)が真犯人の動機と最期を知るシーンは絶句してしまった。もちろん良い意味で。

 顔なじみだけでなく、本作からの登場人物たちにも引き込まれたり感情移入したり、時には「えぇ……」と驚きながらもその引力に呑まれていった。予告映像ではアグレッシブなキャラクターなのかな、ぐらいに想像していたエレナが途中まで「いやいやどんな気持ちで映画のポスターの上半分にいんのよ⁉⁉⁉」とビビり散らかしてしまうくらいのバーサーカーセンター長だったり、淡々としていた梨本が意外に探偵として奮闘したり(余計な仕事を回されたくないので前職を隠していた、というディテールに参りました。実際私も同じことをしたことがあります)。ふたりで爆弾処理の解決をみた場面の後も、変に仲が進展したりしないのがまた良い。ぶっちゃけ「同じ画面に映ってる男女はくっつくもん」みたいな旧態然としたドラマ本当に苦手なんすわ。
 個人的にはDFと羊急便双方からプレッシャーをかけられ続ける八木(阿部サダヲ)の姿が印象的だった。突然降って湧いた事件に振り回されて疲弊し、静かに屋外の椅子に横たわる姿。エレナに自らの苦い思いを吐露するシーンで、そういや演者の阿部サダヲはトラック運転手だったってどっかで読んだっけな、と思い出したりした。

https://dot.asahi.com/articles/-/41078?page=1

 徹底してシステム化された世界で、優秀で完全無欠に見える誰かすら、いつしかシステムの歯車にされている恐怖。逆らえば脅されて、替えの利かない自分の大切なものすら守れないかもしれない現実。
 エレナが指にいくつもはめていた指輪は自分へのご褒美であり、システムの中で生きていくために張るしかなかった虚勢の現れだったろう。そんな彼女が梨本にパーソナルな質問を繰り返したのは、事態収束の手がかりを探るためである一方、かつての悔恨から替えが利かない「梨本孔」という個人と向き合いたい、という思いもあったかもしれない。五十嵐(ディーン・フジオカ)もDFの会議に出席していた多国籍な面々も、きっと傍から見れば寒々しいほど替えが利いてしまうのだ。作中冒頭、物流倉庫へ集まっていた無数の派遣社員たちのように。

 気になった点をひとつ上げれば、DFジャパン本社と宅配業者間の落としどころだ。ただそれも「早急に対応しないと株価に影響する」「宅配業者の待遇が多少よくなっただけで従来と大差ない」と説明されているし、エレナも解雇されてはいるのだけれど。

 地方も都市も海外も、幅広く「みんな」が同じレールの上にいる世界。その上は便利だけれどなんか息苦しくて、自分自身が生きていくだけでも精いっぱいで、誰かに手を差し伸べるどころか目線を向ける余裕すらなかったりする。なんならエンドロールの最後に出てきたテロップラストの「悩みを抱えている方は抱え込まずに身近な人に話してみてください」という旨の訴えだって、諸般の事情で難しい人もたくさんいるだろう。実のところ私だってそうだ。今の生活を維持できればいいほうで、明日の保証なんてないと言っても過言ではない。ぶっちゃけ来年同じ場所に居られるかすら分からない。それでも生きていきたくて、目の前で困った人がいたら助けてあげたくて、時にできなくて後悔したりする。本作はそんな登場人物たちが必死に生きていて、それでいてワクワクする、「見てよかった」と思える映画だった。
 インタビューや劇中写真のみならず、米津玄師が手掛けた主題歌「がらくた」の歌詞や「アンナチュラル」「MIU404」の全話解説も掲載されたパンフレットも読み応え十分でした。

(文中敬称略)
(文責:安藤奈津美)

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