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【詩】ある雨の夜


夕べの雨はひっそりと強かで

雨音がひたひた耳に張り付いて離れない

外は黒い波紋が幾つも揺れて

布団の中のわたしはうずくまる

部屋の中の暗闇は息をしながら膨れて

昨日の出来事をまたこだまさせてくる


暫くただずっと雨音を聞いていた

暗闇はひっそり変わらずわたしを啄ばむ

ある日のあの時をまた思い出して

小さな部屋の外 大きな窓の向こうから

朝も夜も絶え間なく響いていた波の音

あそこには世界の全てがあった

雨音はあの部屋に逆らうように強くなる

暗闇が記憶を鮮やかにさせる

もう一度訪れたあの部屋は

あの時とすっかり変わっていた

世界は鮮やかなままを

残しておいてはくれないのね

記憶の旅はとても心地よくて残酷ね

それでも確かにそこにあったあの部屋を

布団にうずくまりながらまた抱きかかえて

眠りに落ちる瞬間をもうずっと待っている

暗闇の境界線すら途方もなく曖昧で

このまま窓の外が明るくなることを知っている


どれぐらい時間が経ったのだろう

雨はいつの間にか止んでいた

また今日もひとつ夜を越えた

一日が終わってまた始まった

終焉はどこにも見当たらない

いつか意識が返ってこなくなるその時まで

私は果てなく途方もない記憶の旅を

あてもなく瓏々としつづける

変わってしまったあの部屋と

鮮やかなあの波の音を

真夜中に聞いたあの雨の音を

深くて蒼黒いあの海を

満月と流れ星と月光に照らされたあの顔を


いつかこの記憶の旅の奥底に辿り着いたなら

私はもう二度と戻って来ない

そう願ってまた今日も

眠りの浅瀬を往来する





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