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人生は探究発見の連続…だから「何かを理解出来ない時点に居る“自分”」は いずれ「それを理解出来ている“自分”」に成っている~「正見」を実践し 実感する~



この記事の簡略版1500字 #AIとやってみた

その時々の最初に生じた感覚、感情は 客観的な観察を妨げる様に働くことがある

長い人生 生きていると 気に沿わないことが起きたり、思ってもみない現実に見舞われたり…と、その時々の最初に生じた感覚、感情を優先され 客観的な観察を妨げる状態に陥りやすいものです。

それらが放置され 続けると「正しく見る(観察)」ことを避け続け「消化し難い ものを自分の内側に抱えてしまう状態」におかれやすくなります。

物事や現象を 正しく見る・捉える…に注目

今回は物事や現象を正しく見る、捉える…に注目していきます。

恐れずに観る、目を凝らして集中し見続ける…ことを勧めたい。

…すると それまで恐れていた感情が薄れ 『覚悟』が備わる

↑↑↑こちらの記事でも少し触れていますが
恐れずに観る、目を凝らして集中し見続ける…ことを勧めたい。……すると それまで恐れていた感情が薄れ 『覚悟』が備わります。

物事を正しく観て捉える事が大切だと思っているけれど、この時 感情が煽られたり ネガティブな感情に誘われたりすると 止められなくなってしまうこともあります。

*「正しく」…とは 都度 傾いていると感じたら修正し続ける、そんな範疇の「正しさ」を表しています。

感情が煽られ ネガティブな感情に誘われやすい人たちへ

そんな時は 感情が鎮まるのを待って、もしくは客観的に観る事が出来るようになってから 取り掛かることを勧めます。

自分の心と肉体を傷付ける様に 自分を攻撃してしまう状態にある人達へ

一旦 そこから離れて 真摯に向き合える自分のタイミングを待つ

そして それらの自分の内側から湧き上がって来る感覚とか感情に対して 「自分」が対峙出来ない場合。

それは その人の準備が調っていません。

自分の心と肉体を傷付ける様に 自分を攻撃してしまう状態にある人は またその人のタイミングではありません。自分のタイミングを待ちましょう。


八正道……について

この画像が分かりやすいので添付します。今回注目しているのは①の正見のみですが、他は参考程度で ご興味のある方は ご自身で探求されてゆくことをお勧めします。こちらでは記事に上げる予定は今のところありません。
ご了承下さい😊


↑↑↑
こちらでは 詳しく解説されています。:°ஐ..♡*

八正道は「苦を滅するため」の行いの一つ

「苦を滅するために」と表現されている通り 仏教の世界では 生老病死……のように 人々が「苦」だと感じるこれらの事をよく観察し 実感して行くと 自分の感覚の変化が体感出来て それを基に 読み解き「恐れ」を消して行くための(恐れがそもそも生じない仕組みの)手段としての意識的段階が 説かれています。

「生老病死」。生きていくこと、老いていくこと、病を負うこと、死を迎えること。「苦」であり「ネガティブ」なこと、と位置づけてしまうとそれらを見ないよう避けようとする。

けれど……生きていくこと、老いていくこと、いずれ死を迎える時は避けて通ることは出来ません。結局 真摯にそれらに向き合える自分を、自分が育てて行くしかない。逃げ続けるので無く、向き合っていこうとする努力を持ち続けることをどうか心の隅に留めていて欲しいと思います。

経験し実感を得ると 本当の意味で「分かる」状態が生じ 既に知っていた…分かっていた…そんな状態、意識レベルへと 移行し 到達出来る

人生で経験することを 特にネガティブに見える経験を恐れず 避けないで欲しい。経験し実感を得てゆくと その人が本当の意味で「分かる」状態が起きて 既に知っていた状態、へと 進んで行くことが出来ます。

これは先日あげた記事の中で 参考にした映画『 everything everywhere all at once. 』の中で描写されている事が 現実でもそのまま生じていることを表しています。

単なる不思議な世界では無く、可能な世界の表現です。体感している人も多いのではないかとも思います。

意識の世界は 目には見えなくとも 現実でも多くの人達が経験し実感し 自覚出来ていて、例えば『実存的変容』の言葉があるように、今に実践し自分の意識を変容させて 現実を変え続けている人達は 多くいらっしゃいます。

“今 ここ” に居る “わたし”から少し未来に生きる“わたし”は “新しい世界へ一歩踏み出している わたし”であって欲しい

私が 現実で 病を負う夫と関わる中で意識の変化、浄化や洗練を繰り返し、それらを通して多くを実践し学び続けている最中でもあります。

実際 それを自分の人生で経験しないと知りえないことはこの世の中には沢山あります。

人生の時を過ごしていても「それを見ない」「実体を知らない」…ということが 「恐れを大きくさせているかもしれない」……と 気付いた時、少しの怖さがあったとしても 一歩踏み出す勇気をもって “今 ここ” に居る “わたし”から “少し前へ踏み出す わたし”であって欲しい…と 願っています。



未解決のまま埋もれた気持ちは決して消えない

第1章 
気持ちを表現する言語
第2章 
エネルギーバイブレーション
第3章 
気持ちが始まるところ
第4章 
気持ちの生活への影響
第5章 
心の統一の大切さ:気持ちと志向の一致
第6章 
幻想を消す
第7章 
始めましょう
第8章 
主な気持ち
第9章 
ただ「あるがままに」
第10章 
育ち
第11章 
自分の気持ちに責任を持つ
第12章 
よい人間関係を築く
第13章 
未解決の気持ち
第14章 
ストレスを解消する
第15章 
ストレス要因の排除
第16章 
「今」を楽しむ
第17章 
気持ちを置き換える表現のリスト
第18章 
病気につながる気持ち
第19章 
自己実現的な予言
:使う言葉により自分が支配される
第20章 
より調和のとれた存在
第21章 
魂を解放する


↑↑↑こちらは一般の書店では購入出来ません。

裏表紙


↑↑↑日本での販売元 «ドテラツールズ»

五感で取り込み 自分の内側から生じるもの…は 一種の指標になっている

五感で取り込み 自分の内側から生じるもの……というのは 一種の指標になっています。

何かを感じることが 言葉になり 行動となっていく仕組みがあります。

多くの人は本心を隠そうとします。それが
ズレとか歪みとか言われるものを生じさせていることを省みて軌道修正している人たちも多くいらっしゃることでしょう。

人と生きようとする時 自分の気持ちを隠して周りに合わせる必要がある、とか 何かを得ようとして 自分の本心を見ようとせず 肉体的精神的にも 無理をさせ続けてしまうような仕組みの中に 生きる必要がある時もあったことでしょう。

今 「心の奥深くに在る わたし」は
ほんとうは どう在りたいのか…

自分はほんとうはどう在りたいのか…とか どういう気持ちを抱いているのか、どんな感覚を感じているのか…そういうものを見過ごして生きなければならなかった過去もあっただろうことも分かります。

それらを感じさせないような時間の使い方や 意識の使い方は 「自分の感覚を自分が感じさせないような仕組み」を生んでいることにもなっているようだと 感じて来ました。自分の本当の気持ち 自分が 五感を通して取り込んだ後、自分の内側から湧き上がるものというものを丁寧に観てゆくと それらが 自分の生きる動力になっていることがよく分かるのではないかと思います。実際 何故この感情とかこの想いが今生じているのかと自分に問うていくと面白いものです。

もともと私たちは 純粋な魂だった

もともと 私たちは純粋な魂が根源であったはずなのに 輪廻転生を繰り返すうちに、また 今世 肉体を纏ってから 必然に与えられ、また 選択して来た環境や 状況 もの、人、こと などが 純粋さを濁らせるように働いて来ました。

悲しみや 悔しさ 怒りやそれらの苦しみが 絶大なエネルギーを生み なんらかを突破させるような爆発的なエネルギーを生み出す仕組みもある。

強固な状態は 強固なエネルギーで対抗する必要な時もあった

それらのエネルギーの使い方の段階から 次元を上げてゆく時期でもあり、多くの人達が「気付き目覚めて来た今」でもあります。「自分を読み解いてゆく」ことは 自分で読み解き 自分で切り開いてゆくしかない。

ほんとうの 自分の中心に在る “わたしはどう在りたいのか?”……は 自分で読み解き 自分で切り開いてゆくしかありません。

一人ゆかねばならないと感じる人も…実は一人ではなく 大いなる存在 目に見えない高次のエネルギー達も見守り続けています。

全てのエネルギー体が 輪になって エネルギーを与え合っているイメージを心に抱いてみましょう



“わたし”の 物事に対する 読み深め方~書き留めて 今 何が起きているのかを “わたし” は 分かっている…だから 今 どうすれば良いのかが分かる

…すると 未来どういう形になって行くだろうことを “わたし”は 既に分かっている


2022年の手帳から……
メモ魔なので( ̄∇ ̄*)ゞ
色んなことを書き留めます
(*>∀<)ノ♪

過去にメモしていた「言葉」には その時に思っていることや疑問に感じていること、目にした耳にした言葉なども書き留めています。
そして時々読み返すことをする。

この手法をもって「わたし」は その時に感じていた感覚とか 意識 考え方 物事の捉え方を 深めて行きます。

独自の自分の現実を読み解き 意識レベルを上げて行く手法を生み出す

皆さんは どんな手法をもって
過去に経験した出来事を 読み深め 客観的に解読することをして その時の意識から一段レベルを上げられる「自分」を育成し そして 今、この先の未来の「自分」が、また これらについて もっと 意識レベルが上昇した「自分」になる様な手段を 今に投じているでしょう?

例えば 一度「理解出来ない時点に居る“わたし”」は この先 ずっと「何かを理解出来ない“わたし”」には成りえない。

何故なら 人は生きていることそのものが 探究し続ける“時間”を生きていること、となっているから…( * ॑꒳ ॑*)

人が生きる そのものが 探究し続ける“時間”を生きているということ

2022年当時の手帳に書き留めていたものを見てみると

・知らない方がしあわせのこともある。
・知り過ぎると苦しみが増える。

……と
この時 何かで目にしたり聞いていて 自分でも感じる何かをもっていたのでしょう
( ̄∇ ̄*)ゞ

真理とか真実を解っている事、知っていること、が楽だと思うのだけど…真理を知らず思い悩む状態に居ること。真実を生きるよりも 表面的な繋がり、表層、見せかけ、体裁 …etc.を大切にする(気にする)人達が多い。。自分の本当の姿を知られることが 恥ずかしいことなのだろうか…とも思う。自分をよく見られたいのだろうか…。

知らない…分からない…誤解のまま生きる事は 数々のドラマを生んでいます。

……とすると

感情の起伏が生じることを
人は好んでいるのもしれない。

「苦しみ」を好んでいるのか?……と自分に問うてみる

ジェットコースターのようなドラマを 好きで見ている人たちも多いだろうとも思います。
…とすると人生の中で生じる「苦しみ」は もしかしたら それを好んでいる人も居るのかもしれないとも思ったりします。

自分の人生において 「苦しみ」を味わいたいのか?と問うてみて下さい。一昔前は「苦しみ」の先にしあわせが……とよく聞いていた言葉でもあった気もする。

今 現在でよく聞かれるのは「苦しみ」を選択しなくとも「しあわせ」だったり「豊かさ」を生きることは出来る、というもの。

……この「しあわせ、や 豊かさ」が 何を指すのか?…は人によって違いがあるでしょう。

権力や力 お金や物等 物質的な豊かさを得ることがしあわせ、と捉えるのか、外側に在る何かを得ることをしなくとも 心が満たされるのか?

この選択によって 生き方は変わって行きます。

ネガティブな出来事に対して 批判とか否定、蓋をするなど ネガティブな結果を齎す方向にエネルギーを消費しない

それらは 意識レベルを上昇させたり洗練させるために生じでいる、と分かって来る

…ネガティブな判断とか感情が悪い、ということではなく。そういった感情が生じても自分を傷つけることなく そのネガティブに見える出来事さえ 面白がって 前向きな思考へと転換させ 現実を生きることが出来るか……?

…すると

ネガティブな出来事を批判とか否定、蓋をするなどに終始するのでなく、ネガティブに見える現実は自分の意識を浄化、とか意識レベルを上昇させるために 生じているのだと認識すると それを正しく捉えようとよく観察しようとするし 真摯に前向きに取り組むことが出来ます。








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