英会話教室のお兄さん
先日海外とオンライン会議をしていた時のこと、
相手が言っていることに対して
ふと答えを返そうと思った際に
ふいに英語でどんなふうに言うのかを
忘れてしまい、
しどろもどろになってしまうシーンがあった。
ここ最近あまり英語で会話をする機会が
少なかったので
言葉がスムーズに出てこなかったらしい。
よく語学は下りエスカレーターに乗るようなものと
言われるが、
使わなければ見事に錆びついてしまう。
仕事でも英語を使わなくはないが
時差の関係もありメールなどテキストが主。
どうしても会話をしようと思うと
オンライン英会話などをしなくてはならないか。
そんな風に考えていた時に
ふと昔に私が経験したある風景を思い出した。
それは今から20年ほど前のこと。
当時私は大学3回生で履修する授業が
1~2回生ほど多くなかったので
平日にも時間ができることがあった。
当時付き合っていた彼女は私と同じ歳であったが
短大卒で大阪の企業に就職していたので、
時折私が夕刻頃に大阪まで行き、
一緒に食事をして帰ることがあった。
ある日の昼過ぎ、今日も彼女と約束していたので
私はなんば駅に向かって移動したのだが、
彼女の仕事が終わるまで1時間半ほど早く
なんばに到着してしまった。
今の私ならばカフェか何かに入って
本でも読むと思うが、
当時の私は本も読まなかったし
一人で店に入ることが苦手であった。
なので、私はなんばの地下街の奥にある
本屋で立ち読みをしながら時間をつぶすことにした。
ところが、その本屋はあまり漫画の品ぞろえが
良くなく、
仕方がないので語学や資格関連の書籍コーナーで
英会話の本を立ち読みしていた。
当時の私は海外経験も全くなく、
英語を話すことに全く興味はなかったので
本当に何となく読んでいただけだったのだが、
その時にふいに後ろから20代ぐらいの
男性に話しかけられた。
「突然すみません。お兄さん、英語の学習に
ご興味がおありなんですか?」
こんなことを突然聞かれたので私は
とっさに言葉でてこず、
本当は別に興味などなかったのに
なぜか「はい、まぁ」などと答えてしまった。
するとその男性はカバンから何やら紙を取り出し、
英会話教室の説明をし始めた。
内容はハッキリとは覚えていないが、
テレビCMしている大手の教室とは違い、
とても信頼と実績がある会社なので
CMではなく教材や講師にお金をかけていると
その人は流れるように説明した。
何だか微妙に怪しいなと思いながらも
その人の流れるようなトークに
私は完全に逃げ場を無くしていると、
その人はおもむろにカバンの中から
体験レッスンの申し込み用紙を
取り出し始めた。
このような用紙に記入してしまうと
何だか悪いことに巻き込まれそうな気がする。
私の中の警戒アラートが鳴り始めたのだが、
どうにも断る言葉が口から出てこない。
そんな私の様子に気付いたその人は
ふと少し砕けた口調で私のプライベートについて
聞いてきた。
なぜ私がここにいるのか、
今大学何回生なのか、
そんな質問を受けた後にふと出身地の質問が出た。
隠しても仕方がないので
それぞれの質問にこたえつつ、
私は実家の大まかな住所を伝えると、
なぜか相手の男性が驚いた顔になった。
「え?もしかして〇〇のあたり?」と
相手が聞いてきたので、
私がそうであると答えると、
驚いたことにその男性も私の実家の
すぐ近くの出身だったらしい。
大阪なんばの多くの人が行きかう中で
地元が同じ人が偶然に出会うのは
とても珍しい確率であろう。
そんなことを思っていると、
その男性の様子が少し変わり、
なぜか急にガツガツとした感じが消えた。
どうしたのかと思っていると、
その男性がこんなことを言い出した。
「突然声かけられて困ったよな。ごめんな。
俺もこの営業をして色んな人に声をかけてるんやけど、
正直あんまり声かけた人の役に立ってるか
よくわからんなと思っててん。
後で説明しようと思ってたけど、
このスクールは入会金がめっちゃ高くて
それさえ払ってもらったらいいって感じで
俺らも言われてて。
でも、地元が同じ君にそんな自分が納得できひんもんを
勧めたくないわ。
色々説明したけど、あれは忘れて。
彼女と美味しいもん食べて帰ってな。」
何だか知っているお兄さんに会った時のような
そんな後味を残してその人は去って行った。
後で調べてみると、その英会話教室自体は
ちゃんとした会社ではあったようだが、
私がその話を聞いた2年後に突如倒産しており、
当時かなり経営面で苦しかったようである。
そんなこともあり、本屋で英会話の本を探す人に
声をかけるという少々強引な営業手法にも
走っていたのであろう。
私に声をかけたお兄さんもそんな一人で
自分でも少々強引だとは思いつつも、
成績につながるように営業活動を
続けていたところに
私のような地元が同じ学生に出会ってしまった。
もしかすると地元の知り合いや同級生の
親戚や弟かもしれない人に対して
自分が強引だと思っている手法でモノを勧めることに
良心の呵責を感じたお兄さんは
結局私への営業をやめてしまった。
恐らくあのまま押し切られていたならば
私はイヤイヤながら体験教室の用紙に
サインをしていただろう。
そう思うとお兄さんから営業成績を
一つ奪ってしまったことになるわけだが、
私としてはあのお兄さんが
これをキッカケにあの仕事から
抜けて欲しいと思った。
もちろんそれ以降のお兄さんの状況は
私には知る由もない。
だが、いまはどこかで自分が納得できる
商品やサービスを売っていて欲しい。
まさかそれから20年後にこんなにも
英語に触れなければならない状況を
当時の私は想像していなかったが、
いまだに英会話で悩みを感じた時には
いつもこのエピソードが頭に浮かんでしまう。
あのお兄さんが幸せであることを願いながら
私は今日も自分なりに勉強していこうと思う。