気づかないうちに動き続けていた時計
今日は寝坊をしてしまった。
ふと目が覚めて暗い部屋の時計を見ると
自分が起きる時間の5分前であった。
「今日も私の体内時計は正確だ」
などとうぬぼれながら残りの5分間を味わおうと
温かい布団の中を味わっていたのだが、
どういうわけか妙な違和感が頭に貼りついている。
何だかこのまま5分間ゆっくりしてはならないような
そんな気がして私が携帯を覗いてみると、
驚いたことに起きる時間の1時間後だったのだ。
寝室にかけているアナログ時計は
妻が選んだオシャレなもので、
正直にいうと時間がわかりにくい。
なので、暗い部屋でパッとみたときは起きる時間の
5分前に見えていたのが、
実は蓋を開けると起きる時間の55分後だったのだ。
驚いたことに私が持った違和感が正しかったのである。
いつも朝活で何をするかというルーチンのようなものが
私にはあるのだが、
寝坊をすると残りの時間で何ができるかを
考えなくてはならない。
早速それに取りかかろうとしたとき、
私の中で疑問が生まれてしまった。
こういう時に限って妙な疑問が生まれてしまって、
それを考えてしまうのが私の悪い癖でもある。
だが、こうしてnoteのネタになるという意味では
悪くない気もする。
少し話が逸れたが、私が持った疑問とは
なぜ殆ど5分前だと思っていた中で
違和感を持つことができたのか?ということである。
アナログ時計を見た時点ではどうみても
それは起きる時間の5分前だと
思い込んでいたのに体だけが「もしかして」と
アラートを鳴らしてくれたのはとても
不思議な気がする。
このことは目で見た情報以外にも、
何らかの情報で私は時間を感知していると
いうことである。
夏場の早朝であれば時間の割に明るいと
感じて気が付くかもしれないが、
この時期の早朝は1時間ズレたところで
日が昇るわけでもないので
全く違いはない。
では何が私にアラートを鳴らしたのか。
その答えは体内時計である。
あまり日ごろ意識することはないが、
私の体内時計は結構正確に働いており、
1時間のズレを感知していたからこそ
私は違和感を持つことができたのである。
正直体内時計というものが
一体何なのかを私は理解していない。
時差の大きい国に行った際に
いわゆる時差ボケになってしまうのは
体内時計と実際の時間がズレるからであるが、
私はかつてそれほどひどい時差ボケで
苦しんだことはない。
それ故に日ごろあまり体内時計の存在を
意識したことはなかった。
だが、今回寝坊したことで実は私の中にある
体内時計がちゃんと働いており、
そして結構精度が高いことを実感した。
実は気が付いていないだけで
日ごろから私はこの体内時計のおかげで
色んな恩恵を受けているのかもしれない。
寝坊はしてしまったものの、
自分自身を褒めたくなる早朝であった。