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業績向上を実現するPMXデザイン手法

PM(Performance Management、業績管理)は、会社の戦略目標に合わせて個人の業績目標を設定し、その目標に対する進捗をサポート、奨励、評価し、達成状況に応じて報酬と結果を管理するプロセスです。

優秀人材の採用や育成ができたとしても、価値の創造や業績の向上ができなければ無意味です。PMは優秀人材に思う存分腕を揮ってもらうための鍵を握る仕組みであり、優れたPMの確立は、すべてのビジネスリーダーが最優先で取り組むべきテーマと言えるでしょう。

本稿では、数多くの企業が四苦八苦しているPMを、業績向上に資するものにトランスフォームするPMX(PM Transformation)のデザイン手法について考えます。


業績管理はなぜ重要か

業績向上のエンジン

PM導入済み企業が業界中央値以上の利益をあげる可能性は、未導入企業の2倍弱という調査結果があります。このことから、ほぼ全ての経営者はPM導入の意義を認識していると言えるでしょう。

では、業績向上のエンジンとして機能するPMが具備すべき要件について考えてみます。

  1. 期待値:会社と個人の合意に基づいて目標を設定

  2. フィードバック:業務プロセスのオープン化

  3. サポート:目標達成の阻害要因を解消するために必要な支援の提供

  4. 報酬と結果:目標達成で個人が獲得できるメリットの明確化

上記4つの要件を満たすことが必要だと考えます。特別目新しいものではありませんが、できているかと問われると伏し目がちになる項目ではないでしょうか。

笑えない実態

よく見聞する実態を以下に記します。

  • 職位や業務の特性を無視して、全員に同じアプローチを採ること

  • マトリクス組織になり、捕捉しにくくなった原因と結果の因果関係

  • 結果だけでなくプロセスも評価せよという声に対応すべく、それぞれの指標を設定、細分化した結果、数十もの目標を設定

  • いくつもある目標の一部を覚えていれば御の字、ましてすべて達成しなければならない目標として認識していられるわけがない

  • 年に1回上司の指示に従って面倒な書類を作成する恒例行事

  • 事業環境の変化により期初目標が陳腐化したのに、再設定の話し合いもないまま期末を迎え、期初目標の達成率に基づいて評価と報酬を決定

  • 目標設定と実績トレースに膨大な時間がかかり、疲弊するマネジャー

  • ピープルアナリティクスから膨大なデータを入手できるようになったことで、かえって業績向上に結び付くプロセスの特定が困難になった

  • PMの目的は個人業績の査定、目標未達の要因分析、責任の明確化にあるという誤った認識にとらわれている

  • 目標未達の責任を問われたが「上から押し付けられた目標で合意していなかったので、責任を問われること自体おかしい」という諍いに発展した

  • そもそも上司が適切なPMスキルを有しているのかという疑念がある

書いていて哀しくなってきましたが、身につまされる方も多いのではないでしょうか。

7割の企業でうまくいっていない

冒頭の調査で、経営者は人的資本戦略の最重要テーマとして「PMプロセスの改善」をあげています。PMが業績向上のエンジンであることを認識しているにもかかわらず、7割を超える経営者は「PMは導入しているのに業績が上がらない」「ビジネス部門においては、人事部から押し付けられた形骸化した単なるペーパーワーク」と捉えているのです。さらに、9割弱は「別のやり方なら状況は好転するのではないか」とも考えています。

解決の糸口

PMのみならず、すべからくマネジメントには「人は常に合理的な判断に基づいて行動する経済人であり、動機や感情は考慮せず目に見える行動にフォーカスして判断し、言動を行う」という行動主義的な側面はあります。しかし、行動主義だけに基づくマネジメントでは、下記のような事象を説明できません。

  • 「強みを伸ばす」ほうが「弱みを克服する」より大きなエネルギーを生む

  • 高いパフォーマンスを生み出すのは「仕事の意義や自主性、達成感(内発的動機付け)」であり、「アメとムチ(金銭・感情・罰等の外発的動機付け)」を増やすとかえってパフォーマンスは減る

  • プロセスが公正でなければ結果が公正ではない時よりやる気が削がれる

  • 毎年支給される賞与より臨時支給される決算賞与のほうが少額でもモチベーションが上がる

※「強みを伸ばす」ことの重要性はこちらでも記したとおりです。

これらの事象は、認知心理学に基づく行動経済学が説く「人は必ずしも合理的に行動するわけではない」ことを理解すると腹落ちします。行動経済学は、「人間の意思決定のほとんどは、慎重かつ合理的に判断した結果ではなく、感情や、すぐ利用できる情報や有名な情報に影響されやすく、その場凌ぎの判断で行われる」という人間観に基づいて、その判断や言動を説明するものです。

人の心や気持ちの動きは外から見てわかるものではなく、行動にフォーカスすることには一定の意味があります。従って行動主義に基づくマネジメントを全否定するのではなく、行動経済学が説明する「人は感情や情報に影響されやすく、その場凌ぎや、非合理的な判断や行動をするものである」ことを考慮にいれて、優秀人材のモチベーションを引き上げてパフォーマンスを全開放させることが、PMを機能させるためには望ましいのです。

業績管理の実効性を高める3つのポイント

会社と個人のモチベーションの擦り合わせ

機能面に注目すると、PMは会社のパーパスと個人のキャリアを両立させるためのツールという見方ができます。一方を偏重すると他方に不満が募り、それゆえ機能不全に陥るのです。

先述した笑えない実態の多くは、会社都合を優先して個人の想いを蔑ろにしたことに起因しています。逆に個人を優先した場合、パーパス実現のために全体最適化された人員配置が難しくなり、戦略目標の達成が覚束なくなる懸念が生じます。

つまり、2つの目標を両立させる着地点をどこにするかが重要なのです。DE&I、ウェルビーイング、働き方改革等の取り組みは、PMにとってもフォローになると考えるべきでしょう。

では、PMの4要件における擦り合わせ方をイメージしてみましょう。

下記例示「A→ v・w・x・y・z ←B」の見方ですが、A:会社の思惑、B:個人の思惑、v~z:合意点のマッピング範囲、x:両立(平衡点)、v,w:会社優先、y,z:個人優先の着地点とします。

  1. 期待値:戦略目標・重点目標→ v・w・x・y・z ←キャリアプラン、希望職務

  2. フィードバック:公正性の担保→ v・w・x・y・z ←個別事情への配慮と対応

  3. サポート:ケイパビリティ構築→ v・w・x・y・z ←強みを伸ばす支援の提供

  4. 報酬と結果:業績応分→ v・w・x・y・z ←キャリアパス実現に資するもの

すべて x に着地することが理想ではありますが、どこに着地するにせよ、対話を重ねて合意することがすべてのはじまりです。

思惑が異なる者が対峙するので、互いに相手のモチベーションの源泉を理解することが重要です。会社は、価値創出と業績向上のために、方向性の統一、ケイパビリティの強化、モチベーションの向上、優秀人材の引き留めを目指すのに対し、個人は、自身のキャリアを勝ち取るために、効力感、強みの活用とそれを伸ばす機会、レコグニション、エンゲージメントの向上を求めます。

互いの意向を尊重し、会社が目指す方向性の範囲内で、個人の望みを実現するチャンスを提供することに心を砕きましょう。なぜなら、ある調査では、うまく平衡点を見つけた企業では、パフォーマンス、コミットメント、従業員満足度、昇進スピード等が2割から5割近く向上することが、明らかになっているからです。

公正なプロセス

評価において広く普及した「正規分布による強制ランク付け」は、席次を明確にすることが必要なマネジャーにとっては、使い勝手がよいものでした。しかし、席次争いを激化させるため、派閥・学閥や人間関係を席次づけに持ち込もうとする人や、チームワークが求められる仕事でも個人プレーに走る人、失点を恐れてリスキーな仕事を避ける人、責任の範囲をできる限り狭くする人、上司の指示を待ち、指示されたこと以外しない人、指示された方法以外に工夫を凝らすことはしない人等が増えました。

こうした事態が多発した結果、このプロセスは業績向上に資するものではないと判断した企業は、次々とこの手法を放棄、公正なプロセスを実現する新たな仕組みのデザインに取り組んでいます。

公正なプロセスを担保するポイントは下記の通りです。

  • 誠実な対話:敬意と誠意をもってコミュニケーションを図る

  • 実績と将来:実績に加えてポテンシャルを発揮させることにも目を向ける

  • 多元的インプット:データ、協働相手、顧客からの情報も活用する

  • 成果評価:結果に加えて、どのようなプロセスを経たかも評価する

  • 育成目的のフィードバック:月数回の短時間1on1でアドバイスを重ねる

  • パフォーマンス連動報酬:パフォーマンスと報奨・見返りを結び付ける

上記6つのポイントごとに現行PMをレビューすると、課題を浮き彫りにできるでしょう。

なお、あえて表記しませんでしたが、マネジャーが評価者として相応しい知見とスキル(経営職やCxOの場合は人格も)を具備しているかという点は別途検証する必要があります。この点については後述します。

ヒューマン・セントリック

ピープルアナリティクスは人事領域における科学的アプローチを可能にするテクノロジーですが、新しいツールが登場した時の常として、ツールを使うこと自体が目的化しやすく、本来の目的を見失いがちです。ツールやデータを偏重するのではなく、あくまでも人間を中心に据えた(ヒューマン・セントリック)PMのあり方に集中しましょう。とはいっても、悪戯に従業員を偏重するのではなく、先述したように「会社のパーパスと個人のキャリアを両立させる平衡点」に着地させることが肝要です。

また、新PMを導入する際、マネジャーが評価者として相応しい知見、スキル、人格を具備していない場合や、新PMの運用ガイドラインやトレーニングを受講していない場合、組織に悪影響が生じることは明らかです。

例えば、「業績」という言葉に対する認識の質の低下(要は結果?)、ハイパフォーマーの賃金差別化に対する満足度の低下(目標達成できてもできなくてもあまり差がつかないならやる気なくすわ)、エンゲージメントの低下(また制度変更?マネジャーが変わらなきゃ意味ないよね?)等の現象が起きます。

従って、マネジャー適性を持つ人を選任して、ガイダンス、トレーニングを受講させる以外、術はありません。そもそも、テクノロジーとビジネスの両方に精通し、現代のマネジャーに求められる資質を持つ優秀人材でなければ、いくら年功を重ねたとてマネジャーにはしないことは経営の鉄則です。

効果的なPMの4つの構成要素(期待値、フィードバック、サポート、報酬と結果)を実現するうえで、マネジャーに求められる能力は8つです。

  1. 理解力:PMの目的、仕組みを正しく理解する

  2. 目標設定力:ベース目標とストレッチ目標を適切に設定する

  3. 測定力:パフォーマンスを正確に捕捉する

  4. コミュニケーション力:相手の意図を丁寧に汲みながら意思疎通する

  5. 意思決定力:改善行動のプライオリティを決める

  6. 思考力:時間軸を行き来しながら考える

  7. 説明力:論理的に説明して相手の納得感を得る

  8. 調整力・業績応分の報奨と見返りを実現する

経営の仕事はこの8つの能力を持つ人をマネジャーとして育てることです。

ここまでのポイントを踏まえて、新PMのデザインについて考えます。

デザイン手順

1.要件定義

最初にフレームワークを定めます。パーパス・ビジョンの実現のためにどのような指標体系をデザインするかを討議し、KGI(Key Goal Indicator、重要目標達成指標)とKPI(Key Performance Indicator、重要業績評価指標)の全社業績指標体系を設定します。

これに基づいて、部門、部署、チーム、個人へと目標がブレイクダウンされるので、明確に設定できなければ、個人目標は勿論、求められるパフォーマンス、報奨や見返りのデザインも困難になります。現行PMの呪縛を断ち切り、パーパス・ビジョンの実現から遡って論点を整理しましょう。

また、新PMにおけるビジネスリーダーとマネジャーに求められるリーダーシップも改めて明確に定義します。現代の経営環境において、パーパス・ビジョン実現のために、業績向上において自らが果たす役割は何かを見据え、どのようなリーダーシップモデルを採るべきかをまとめます。

2.現行PMの検証

ベンチマークやベストプラクティスと比較して、現行PMのプロセスごとの有効性、効率性を検証します。例えば、大きな課題が潜んでいる可能性が高いフィードバック・プロセスでは、実在する人をモデルとして、パフォーマンス評価フィードバックのロールプレイを試行し、アプローチ(ポジティブorネガティブ)、アカウンタビリティ、コミュニケーション、納得感の醸成等の良い点と改善点を明らかにしましょう。

また、新PMにフィットするマインドセット、カルチャ、スキルへのトランスフォームが必要になるので、この段階で関連情報を収集し、課題分析も行っておきましょう。

3.プロセス・デザイン

これまで重ねてきた検討結果に基づいて、PMの4つの構成要素(期待値、フィードバック、サポート、報酬と結果)について詳細にデザインします。

  1. 期待値:強みに基づくベース目標とストレッチ目標を設定

  2. フィードバック:個人とチームのパフォーマンスを定期的に評価

  3. サポート:短期的・長期的改善目標のプライオリティ付けと支援策

  4. 報酬と結果:成果応分に差別化された内容

こうして全貌が見えてきた新PMですが、組織全体の理解と支援がなければ、たちどころに機能不全に陥りますので、目標や新しいプロセスに関するコミュニケーション戦略を立案します。トップマネジメントと被評価者をはじめ、同僚や部下からの支持を取り付けましょう。

同時に、新PMの実効性を高めるために必要なマインドセット、カルチャ、スキルの導入計画も策定します。レガシーなマインドセットやカルチャ、スキルを断ち切ることは簡単ではないので、アンラーニングとリラーニング、リスキリングを計画的かつ粛々と実施するマスタープランを策定します。

4.実行責任者の決定

業績向上のエンジンである新PMの実行責任者は、業績責任を負うトップ以外考えられません。新しいことを始める時は「小さく始めて成果を出し、素早く拡げる」ことが定石ですから、ここでも同様のアプローチを採ります。

まず、トップの直下に、不測の事態が発生してもコントロールできる環境を用意して新PMを試行、その結果から学びを得て必要なインサイトを抽出したら、再試行するラーニングサイクルを回し、成果を出します。

成果を確認できたら、次に様々なBU(Business Unit、チーム、部署、部門等)へ徐々に対象範囲を拡大していきましょう。拡大する際の重要なポイントは、新PMの浸透責任者を各BU長と明示することです。

トップ自らがトライアルケースで成果を出した経験知がある状態で、トップから各BU長を責任者として任命、各ユニットにおいて新PMの成果を出す責任を負わせます。現行PMの時のように「人事に任せて我関せず」という態度を決め込むことはできないばかりか、成果が上がらなければマネジャー失格のスティグマを押され、実際に降格されるという危機感を持たせます(成果を出せなかった場合は、実際にマネジャーからの降格を推奨します)。

各BUでの試行において、4つの構成要素(期待値、フィードバック、サポート、報酬と結果)を確実に遂行できているか、検証を重ねて成果を確認しましょう。

5.成果に基づく判断

前段までで新PMの導入は完了しましたが、業績が向上するかはこのプロセスにかかってきます。業績がどう変化したか、それは新PMの4つの構成要素(期待値、フィードバック、サポート、報酬と結果)のうちの、どのプロセスがどう変化したことに起因するか、常にモニタリングする仕組みが必要になります。

同時に、運用に関するマネジャー、従業員双方の新PM体験を定期的に測定しましょう。こうした取り組みによって、運用上の問題を早期発見し、改善すること可能になります。

最後に行うことは、新PMをパフォーマンスに関連するあらゆる仕組みと連動させることです。例えば、採用試験における合格基準をはじめ、ランク制度、コンピテンシー・ディクショナリ、ジョブ・ディスクリプション(職務定義書)、昇降格基準等、パフォーマンス指標を設定しているものすべてと新PMを結び付けるのです。新PMにおける評価と報酬と結果は、この連携によってスムースな運用が可能になります。

業績を向上させるPMをどのようにデザインするか、頭を悩ませていらっしゃる方の一助になれば幸いです。ここまで読み進めていただいた方の最大の悩みが、適性と能力を具備したマネジャーがいないことであることは重々承知しています。これに関しては、優秀人材の採用と育成に関する2つの投稿をご参照いただくことを推奨して、まとめといたします。

優秀人材の採用に関する投稿がこちらです。

育成に関する投稿がこちらです。

Appendix

弊所ホームページに関連コンテンツを掲載していますので、お時間に余裕がある時にご参照いただければ幸いに存じます。

Performance Management

弊所では、PMは業績向上のKFSととらえており、従業員だけでなく役員も含めてデザインしています。更に言えば、役員評価・報酬制度とガバナンス体制こそ最も重要であり、ここに斬り込まずして業績向上はありません。社員にシビアな仕組みを強いる前に、成果責任を負う役員が自身を律することが、PMが機能するか否かの分かれ道になると考えます。

Human Capital Management

社員に対するコア人事制度(ランク、評価、報酬、人的資本開発)のデザイン基本方針について概観しています。PMがコア人事制度においてどのような位置を占めるのか、各制度とどのように連動するかについて、ご理解が進めば幸いです。

People Analytics

HCMにまつわるあらゆるデータを収集・分析するために導入を推奨します。しかし、本稿で触れたように、アナリティクスはあくまでも人間のコミュニケーションに活かすためのツールであり、多元的なインプットには不可欠です。ツール導入が目的化することのないよう、取り扱い方には注意しましょう。

最期までお目通しいただきまして、ありがとうございました。ご質問、疑問点、コメントなどがございましたら、お気軽にお寄せいただければ幸いに存じます。皆様にとってなんらかの手蔓となれば嬉しいです。


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