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その優しさって自分のためじゃない?

11月27日に船橋にある公立中学校にお邪魔しました。
一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会の業務執行理事である恵子さんとのご縁でいただいた今回の見学。貴重なご縁をいただきありがとうございました。以下に当日の概要がまとまっています。ぜひご覧ください。

あなたの近くに悩んでいる人はいますか?家族や地域の人や職場の人
今、近くで悩んでいる人が近くにいる方に届けば幸いです。


理解してあげようと思ってはいけない

近くに困っている人がいて、その人のことを考えてこう思う人が多いのではないでしょうか。「なにかをしてあげたい。」

とても優しく素敵なことだと思います。困っている人がいたら助ける。小学校の道徳で習ったようなとっても大切な考え方だと思います。

しかし、時にこの「なにかをしてあげたい」という感情は相手にとって不快感を与えることにつながるかもしれないということを理解しておく必要があると思います。不快感というのは、「全然わかってくれない」という感情です。男女の恋愛も似ているのでしょうか?(笑)

例えば不登校の子どもがいたときにどんな声掛けをするでしょうか?
「学校に行ってほしい」とお願いするか。
「なんで学校に行かないの?」と理由を聞くか。

いろんな接し方はあると思います。ただ、子どもが望んでいることはただ理解して欲しかっただけなのかもしれません。

苦しんでいる人は、自分の苦しみをわかってくれる(と自分が感じる)相手がいるだけで、心が落ち着き、世の中が違って見えてきます。

エンドオブライフ・ケア協会さん

エンドオブライフケア協会さんと関わってきてこの感覚はとてもわかる気がしました。自分のことを理解してくれた人がいるだけでどれだけ救われる人がいるのかなととっても考えさせられました。

だから、相手を理解しよう!なんて思わなくていいと思うんです。
むしろあなたのことは理解できないという前提に立ち、対話をし、その対話の中で相手の言葉を繰り返すことが大事だと思いました。
少しテクニック的なことですが、とっても大事です。
自分も家族に実践してみました。相手の言った言葉をただ繰り返すだけで言い方は良くないですが、相手は理解してくれたと思ってくれます。そして、明日生きる希望になっていき、少しずつ状態が良くなっていきます。実際に私の家族は状態が良くなっていきました。

他にも大事な視点があります。これもテクニック的ですが、ケアをする側の人が、意識的に困っている人が自分が役になっているという役割がある状態を提供することとありのままでいいんだよという人として全肯定することが大事です。全ては自分らしく生きるためにです。

困っている人と接する時の最初に目指すべきことは、困っている問題を解決することではなく、困っている人が自分のことをわかってくれた、明日も生きてみようと思えるきっかけを生む対話を行うことなんじゃないかなと思います。

身近な範囲で困っている人がいる向けに明日から実践できることをまとめると、2つだけです。

①人の役に立っているという感覚を感じてもらうために役割を与える
②そのままでいいんだと感じてもらうために相手を否定せず肯定もせず話を聞く

言葉では簡単ですが、実践してみると意外と難しいです。しかし、難しいからこそ助かる人が多くいます。ぜひ実践してみてください。相手を理解する必要はありません。

気を遣いすぎて生きづらくなっていないか

ここからは完全に自分の見解です。
最近かなり思うことがあります。

それは、真面目で心優しい人がもっとてきとーにもっと気楽に働いて生きれる人が増えてほしいなあと。

自分はたくさん20代働いて、社会と顧客にたくさん貢献していきたいし、それが自分に合った生き方なのかなと思っています。自分は人の役に立ちたいし、歳をとっても障がいがあってもふらっとに日常に楽しみがある暮らし創っていきたいと考えています。そんな考えのもとで行動していると最近、このような業界の方とお会いすることが多いです。

「教育・介護・福祉・保育・医療」

この業界で働いている方々は、もちろんいろんな人がいる前提はありますが、この業界のお客さんから支持されている人たちは真面目で現場が大好きで心優しい方が本当に多いです。制度や労働時間を超えてまで従事されている方が多くいます。もちろん、自分みたいに仕事が生きる上で優先順位高く熱量高くやりたいことだと思っていれば正しい生き方かもしれません。しかし、心優しい方々は「自分がなんとかしなければ」という感覚に陥り、心身の体調を崩すことも少なくありません。いい人は求められ、応えるから、搾取され、心身の不調から辞めざるを得ない構造。明らかにおかしいと思うんです。

少し論点は違うかもしれませんが、パワハラという言葉が出来上がる前の一昔前では、後輩に多少強い口調で何かを言うことができたりお客さんとも対等な関係だった気がします。
しかし、今の時代いろんなことに気を遣わなければいけない時代になりました。とっても生きづらい。どういう人の役に立ちたいかによって考え方は違うし、批判されることもあるかもしれませんが、もう少し自分の身を守るためにもできないことはできない、言いたいことは言う。そんな人間らしい生き方がまた広がればより今の日常を楽しめる気がしています。

令和を生きる大学生の意見としては、なんか昭和の青春を体験して今を生きている親世代の方が幸福度が高いように感じます。少し悔しいです。

もっと楽にもっと自由に生きたいまま生きることを大事にしていきたいし、大事にしてほしいなあと思っています。

最後に

私は今回のご縁ではじめて、エンドオブライフケアという概念を知りました。勉強していく中で、緩和ケアやホスピスケアなどいろんなワードが出てくる中で自分の中でわからなくなっていた考え方をこのサイトがとってもわかりやすく解説してくれていました。

終末期におけるケアのまとめ

死のことなんて考えないで目の前の欲求に従って生きていく人生を歩んでいる人が羨ましいなあと思う時もありますが、事実として私は家族3人の死を通して、自分の死について考えることが多くありました。どう死ぬのかを考える時間は生きるをより良くするための時間にもなり得るのだと思っています。とっても有意義な時間だなと思っています。ぜひ身近でそういう経験がある人もない人もたまたま生まれた自分の生をどう生きるか、どう使うかを考えるきっかけになる発信になっていれば嬉しいです。

これからも地域共生社会を担う地域福祉に関する「ケア」や「まちづくり」について学生視点・医療介護従事者ではない視点をお届けします🍢


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