夏の終わりと焼き芋と、おじさんの笑い皺
夏の終わりが好きだ。
まだ、じわじわと熱い日中。
コンクリートの照り返しを気にしながら、おやつを買いに行く。
夏の終わりは、なんだか切ない気持ちになる。
なんともいえない、胸に広がるじんわりとした気持ち。
おやつを買った帰り道、ふと思い出した情景があった。
3年か4年か、5年か6年か。
どれくらい前かは全く覚えてないが、女3人で蒲郡の海に行った。
砂浜で焼き芋しよう!というものだった。
一人はよく通っている飲食店の、店員さんの妹。
もう一人はその友達。
なんとなく仲良くなったけどお互いのことをさほど知らない3人で、海を目指した。
つづく道路。
広がる青空。
1時間ほど車を走らせて、良さそうな砂浜に着いた。
焼き芋初体験の3人は、
おっかなびっくり枝を集め、
なんとなく穴を掘り、
新聞紙にどうにか火をつけ、
あれ?これどれぐらい焼けばいいんだ?とようやく検索し始めた。
「焼き芋、新聞紙で包むか、砂浜に埋めるんだって!」
「しかも新聞紙はぬらさないといけないらしい!」
「うそー。そのまま入れちゃった!」
行き当たりばったりにも程があった。
わぁわぁ騒ぎながら芋を焼いていると、少し離れた小屋の下にいたおじさん達がやってきた。
「お嬢ちゃんたち、魚食べんかね?」
漁師さんなのか釣り人なのかわからないが、
ドでかい魚が何匹も、さざえもたくさん焼かれていた。
ふわふわの身をごそっと取って、ちょこっとのしょうゆをつけて食べる。
「ここがうまいんだ、食べてみなさい」
「食べ方下手やねぇ。骨に身が残っとる」
あまりのおいしさに感動し、語彙力が追い付かない。
「うっま!」しか言えず
何かお返しはあるかなと思いだしたのが、真っ黒こげな焼き芋。
「濡れた新聞紙に包んで、砂の中に入れなあかんかったなぁ」
あ、やっぱり?
あまりにも炭のようで、人にお渡しするのは失礼なんじゃないか。
これは恩を仇で返しているのでは…?
と焦っている私たちに苦笑しながら、ほんの少し中央に残っていた黄色い芋を食べて、
「うまい。ありがとうねぇ」
と言ってくれたおじさんの笑い皺が今でも忘れられない。
その時、私はいろんなことが重なって、精神がガタガタだった。
仕事中、急に涙が出たり、朝起きると蕁麻疹が出ていたりした。
店員さんの妹は、1年後に東京に行った。
底抜けに明るい反面、何かに思い悩んでいるようだった。
店員さんの妹の友達は、焼き芋の直後に音信不通になった。
一年後に、連絡が取れた、とか、まだ取れない、とか、そんな話を聞いた。
ガタガタで、切なくて、どこか不安定で。
いびつで、からっぽで、
でも楽しいことに全力な私たちだった。
海で焼き芋しようと決めたのは、一週間前。
そこから特に、計画せずに、行き当たりばったりだった。
切なさを心の中に閉じ込めて、めいいっぱい笑って、はしゃいで。
のんびり魚を食べていたおじさんたちに、私たちは、どう映ったんだろうか。
切なくなると思い出す。
さらさらの砂浜、
上がる火柱、
真っ黒な芋、
穏やかな青さをたたえた海。
ビールを飲みながら、魚をつつく、おじさんたちの笑い皺。
一滴の切なさを包み込んだ、
かけがえのない思い出だ。
宝箱に仕舞われた、
壊れそうで、きらきら輝く、大切な、たからもの。
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