『またうど』読書感想文、参勤交代で寄り道なんてできなかった
から、代わりに私が寄り道する(なんのこっちゃ)
1、 港区女子、綾音説
〈「ええ。殿が600石に戻られたら、それはそれできっと愉しゅうございますよ。600石には600石の暮らしがございますもの」〉
これだけ聞いたらなんだかいい女風に聞こえる気がする。実際私もそう思った。でも内実を調べてみたら何だか違う気がしてきたので勝手に共有したいと思う。
そもそも一石とは「人一人が一年間に消費する米を収穫できる領地の広さを指す単位」。だから同じ一石でも土地の肥えた痩せたによって面積は変わる。その上で、一般的な指標を元に話を進める。
一石ベース3、3mとしたとき、600石の一辺の長さは約775メートルであり、775×775が元々意次の父の持っていた土地の面積。罷免後〈37000石から27000石召し上げ〉残り10000石とした時、9000石が一辺約3kmなので、おおよそ3km×3kmの土地のことを指す。いや、充分広くね? 私庭の草むしりするけど、3km×3kmとか、人何人欲しいのって思う(比較対象の誤り)もしかして相続のこととか? と思ったけど、当時は長男に一括相続。だから土地が分割されて減ることもない。あれ?
600石何ちゃらと口にしつつ、実際10000石+城没収でつらたんと笑っていたが、そもそも「茶屋で働いてた娘」が「私このくらいで我慢しますけど」なんて、どこの港区女子だよ。炎上するぞ。
2、 生まれ順で分岐ルート確定
親ガチャという言葉を一時よく耳にしたが、これ程までにガチャという名がハマるものなのか。
基本全ては長男。将軍家では嫡男に全ての精力を注ぎ、他は城を追い出される。親族に政治に首を突っ込まれるの困るので、何を言わずとも徹底的に線引きされる。武家や商家であっても長男以外は基本奉公に出され、結婚も上手く行けばできたレベル。
ちなみに女児は、こと将軍家において産まれたとしても産んでないとして話が進む。〈〇〇に子はなかった〉の内実。家治の妻のように「女児はいたけど」というケースがある。これだけ聞くと女性の不遇を嘆くようだが、実家が太い場合、特に武家、商家では妻の発言力が強いパターンはあった。
本編では家治、意次共に嫡男を亡くしている。しかも20歳くらいで。その失望感がお分かりいただけると思う。手塩をかけて育ててきた、自分史上最高の逸材を、ある日突然奪われるのだ。それでもトップたる者、ずっと床に伏せってはいられない。意次が盾の役を買って出たことも、家治が無理矢理にでも立ち上がったことも、相当な負荷がかかったに違いない。特に家治は妻、次いで嫡男を亡くしている。嫡男である家基が倒れた時の〈そなたばおらぬようになれば、私はどうすればよい。なあ、そなたの他には誰もおらぬのじゃぞ〉という声の心細さに、胸を突かれる。
3、 フルマラソンな参勤交代
映画でやってた? 私観てないんだけど、タイトルに参勤交代ってつく映画あった気がする。江戸時代とは切っても切り離せない、「大名の資金を削り、江戸城下の金回りを豊かにするアレ」。一年行って一年戻るみたいな感じで藩と江戸を行き来するんだけど(距離によって半年ごととか3、5年に一度とかはあったとか)まあエグいね。
基本見栄張るから。金が飛ぶ飛ぶ。出立時だけみんな連れて、人目無くなったら8割帰らせ、江戸着いたら「一緒に歩いて」って日雇いバイト雇うみたいなことしないとやってらんない訳よ。
ただ何より、遠い藩の人であろうと時間厳守だから、遅刻なんかして結構な罰喰らいたくないじゃない。ほんで無駄な金使いたくないから、一日40km急いで歩いてたとか。もはやフルマラソン。ただ早足はまだマシとして、例えばお偉いさんの駕籠を担いでる人は酒飲まないとやってらんないとか、駕籠の中は中でずっと同じ姿勢だからエコノミー症候群になって大変だったとか、毎度命懸けだったみたい。
命懸けって言えばこんな過酷な旅だから、途中で死んじゃったりすることもあるんだけど、そんな時は相続の手続きしてないと跡取り不在で藩取りつぶしになっちゃうのね。だからとりあえず上には「急病のため」として藩に帰って急いで手続きして手続き完了するまで2ヶ月くらい死んでること隠し通すんだけど、もう必死よ。
行くにも必死、帰るも必死。必死って「必ず死ぬ」って表記するの、書いてて怖くなってきたわ。
4、 将軍のご飯は美味しくない
これだと大名ばっかかわいそう! ってなっちゃうから将軍の援護もしとくね。
将軍って長男の中でもトップオブ長男な訳で、大事にされ方も常軌を逸してるレベルなのね。そのエピソードの一つなんだけど、ホラ、絶対死なれちゃ困る訳。特に毎日の食事なんかは狙われやすいんでしょうね。
まずどれを食べるか分からなくするために将軍の食事を10人前作って、御付きの者2人が食べて、続けて大奥のトップが食べて(ここが時間かかるから1時間くらい)その後将軍の側近が食べて、ようやく将軍が食べる。だからもう作ってから2時間くらい経ってて、お魚とかもパッサパサになってたとか。松岡修造なら確実にブチ切れ案件。ただ、そうして大事に大事にされてる分、将軍自身それに相応しい将軍になろうと日々研鑽に励んだ。特に吉宗が手本のように優秀な将軍だったからこそ、続く家重が侮られやすかったようにも思う。将軍は常に皆の理想を体現し続けなければいけない存在だった。
余談だけど起床時とか、起きると同時に御付きの者が城全体に合図をかけるため、絶対寝坊とかできなかったんだよ。「今日合図遅いねー」とかじゃない。将軍の身に何かあったんじゃないかって一大事に発展しちゃうからね。
5、 そうしてやっぱり大奥
表の政治と裏の政治。
将軍と閨を共にする女性は大奥にいる。無論、ただ子づくりだけが目的ではなく、そこではさまざまな情報が行き交う。ちなみにそこには(将軍暗殺予防のため)衝立挟んで二人の女性が待機しており、声は全て筒抜け、翌朝改めて将軍とのやりとりを聴取された。
これは感性で話すが、親密な女性相手にしか話さないことがある。指名して訪れる分、その女性は基本心臓を握っている。そんな存在を無視できるはずがない。その声は当然大奥トップにも共有される。2000人を取り仕切るその人が「然り」とすればそっちに、「不然」とすればそっちに動く。まさに磁石と砂鉄。
女性は、群れる。女性は、情報を握る。女性は、そうして鰯の如く静かに動く。