《半可通信 Vol. 12》 あいちトリエンナーレ歩行記(前編)

 歩く、といえば先日、閉幕間近のあいちトリエンナーレ2019(以下「あいトリ」)を見て回ったのだった。せっかくなので記録を残しておこうと思う。展覧会鑑賞を「歩き」というのもちょっと無理やり感あるけれど、まあそこは大目に願います。

 初日は午後から豊田市エリア、二日目は名古屋市美術館と愛知芸術文化センターを中心に回り、両日とも夕方に「まちなか会場」である名古屋市内の四間道(しけみち)・円頓寺(えんどうじ)エリアを回ったが、作品の感想は順番ではなく、関連を感じたものなどを自由に組み合わせて紹介しようと思う。観た方はもちろん、観なかった方にもなんとなしに感じが伝わればうれしい。(あいトリ公式サイトの作家ページへのリンクも貼っておきます)

 豊田市美術館のタリン・サイモンの組写真展示「隠されているものと見慣れぬものによるアメリカの目録」は不思議な感触を残す作品だ。大西洋海底通信ケーブルの北米側終端、税関で押収され処分を待つ雑多な食品など禁止品、法医学的検査を待つ性犯罪被害者から採取されたサンプル、などなど。レンズに切り取られたのはいずれも、一連の大きな社会システムの一部を切り出したものだ。それはいわば、プロセスから切り離された、剥き出しの「機能」の見知らなさ、よそよそしさを顕にしている。「文脈から切り離された、剥き出しの物体(オブジェ)」であれば、20世紀初頭のダダ以降繰り返し提示されてきたモチーフだが、これはどこか少し、それとは違う。「機能」はモノではなく、人と人とを媒介する「コト」だからだろうか、どこか生々しい人の触感が伝わってくる。それが「プロセス」から独立してそこにある不穏な雰囲気。
 この感じは、芸術文化センターでのジェームス・ブライドルの映像作品「継ぎ目のない移行」にもつながる。内部の撮影が許可されていない、英国の入国審査・収容・国外退去の管轄区域。衛星写真や計画書などからこれをCGで再現したものだが、人の気配のないそれらは逆説的にこれらの施設で行われる「プロセス」を不穏なかたちで想起させる。ここにあるのもまた、剥き出しの「機能」そのものである。

 生々しさ、ということで話をつなげると、今回観た中で最大の衝撃作だったのが、名古屋市美術館での藤井光による映像インスタレーション「無常」だ。詳しい作品説明はリンク先にあるので省くが、日本統治下の台湾で行われた現地住民への教練という、私たちが歴史的事実として他人事的な視点で捉えがちな出来事を、現在に生きる人たちがなぞるように再現することで、否応なく生々しいリアリティを突きつけられる。これは本当に鳥肌の立つ体験だった。是非今後も機会あるごとに再展示してほしいものだ。
 歴史的存在をリアルなものとして現在によみがえらせる、というアプローチは、四間道・円頓寺エリアの梁志和(リョン・チーウォー)+黄志恒(サラ・ウォン)による組写真展示「円頓寺ミーティングルーム」にも見られる。彼らは円頓寺商店街の人たちに提供してもらった、昭和30年代くらいの古いスナップ写真の数々から何名かの人物(すべて後ろ向き)を選び、現代のモデルに同じ衣装、同じポーズをしてもらって写真を撮った。シリーズとして続けているようで、会場に置いてあった図録には同様のアプローチで制作した写真、そして"He was lost yesterday and we found him today"といった言葉が記されていた。面白いのは、後ろ向きの顔の写らないポーズゆえ、むしろ誰もが身近な人物として親近感をおぼえうることだ。
 後ろ向きではなく、顔を消すことによって映像中の人物を無名化して先入観を消し、より普遍的な像として届けていることに成功していたのは、豊田市の旧旅館「喜楽亭」の建物で展示されていた、ホー・ツーニェンによる「旅館アポリア」だ。これは12分程度の映像7本と若干の特殊エフェクト(旅館の建具がガタガタと激しく震える!)によるインスタレーションで、最初の3本はかつてこの喜楽亭で出陣最後の晩を過ごした特攻隊員をめぐる記録を再構成したものだ。ここに使われている映像素材は小津安二郎のいくつかの映画から取られているようなのだが、その顔の部分がいわゆる「のっぺらぼう」に加工され、特定の俳優や役柄を想像させることを回避しているのだ。奇妙な絵ではあるが、このために特攻隊員や旅館の女将といった人たちが、自分や身近な誰かであったかもしれないとして感情移入できる存在になっている。
 この「旅館アポリア」は続く4本の映像で、京都学派の「空」の哲学と特攻思想との微妙な関係性や、小津や横山隆一などによる映画の国策協力の有様などを丹念に検証していき、たんに「全体主義になぜ抵抗できなかったか」と問うのではなく、その複雑で多面的な様相を描き出している。これも今回の最重要作品の一つだったのではないかと思う。

 ……まだまだあるので、続きは次回

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