【ショートショート】帳面利用者座談会
ぜひともぶっちゃけてもらおうという主旨で始まったnoteユーザ座談会も10回目を迎えていた。実際、面と向かってぶっちゃけてくれるユーザは少なく、毎回和やかに終わることに疑問を抱いた企画部は今回、自身を『草葉の陰の物書きモドキ』と表する麗野鳩子さんを招いて話を聞くことにした。清水の舞台から飛び降り過ぎて足を痛めている(注1)鳩子に配慮し、一階に店舗を構える中華料理店の個室が会場となった。また、草葉の陰にいる設定を壊して営業妨害するわけにもいかぬため、動画として公開することも見送られた。
「はじめまして、企画部のピス・タチオと申します」
「こちらこそはじめまして。麗野などと名乗っている者です」
タチオは、企画部長 比須太刀男と印字された名刺を差し出す。
「最近流行りの木の実ですね」
「実はこれ、当社が力を入れているEMIRプログラム(注2)の一環でして、今ちょうど社内ネーム月間というのをやってるんです。それで僕も、今月いっぱいピス・タチオとして仕事をすることになったんです」
EMIRプログラムは、まずは自分の中に複数のアイデンティティがあることを認識し、そして受容することで他者に対して寛容になり、ひいては昨今しきりに叫ばれる多様性を真に理解できるのではないか、という社長の鶴の一声で始まった。そこでまず、社員同士が社内ネームで呼び合ってみようという試みだ。
「まず社長自ら思い切って、帳面綴郎と名乗りましてね。今月いっぱいやってみて、続けたい者は今後も続けて、嫌なら続けなくてもいいという、まさに個々の多様性を重視した試みなんです。もちろん参加、不参加も自由なんですが、社風もあるんだと思います、社員全員が参加してまして」
「社員一同で清水の舞台からとは、さぞ痛かったことでしょう。お察しします。じゃあ私も今日は別の名前にしてみます」
「え?」
「え?」
聞き返したタチオが聞き返される。
「いえあの、ちょっと意外だったものですから・・・・・・」
「木の実、いいですよね。ドン・グリ子とか。でも今日は、残像子(注3)にします。そうですねぇ、像子とでも呼んでください」
「え?」
「え?」
タチオはまた聞き返される。
円卓を囲むタチオの部下達は、二人のやり取りを静かに見守ることしかできない。
「・・・・・・いえいえ、ではさっそくですが、像子さんの思ってらっしゃることをお聞きしたいんですが」
「まず、脚注スクロール問題です。文末の脚注を読もうとするたびに画面を上下にスクロールするのは難儀です。ショボショボして、目に良くないですから。ポップアップ表示にすれば読みやすくなるんじゃないかと思いますが、どうでしょうか。別ウインド表示でもいいとは思いますが」
「なるほどですね。読者の健康にも配慮、と」
「いえね、こちとら脚注も楽しんで書いてますんでね」
「脚注を楽しん・・・・・・でおいでなさるんですね」
像子が時々江戸っ子になることも、楽しみ方が独特なところも、作品を読んで薄々気づいてはいたものの、実際目の当たりにすると面食らう。
「それから、ルビ」
さっさと次の話を始める像子に、パチパチとキーボードを叩いていた議事録担当の部下が慌てふためく。
「ルビ・ジェネレータ、記事作成画面にあったらラクですよね。一括して振ってくれるみたいなのです。生成されたのとは違う読み方にしたい所だけ手動で直せばいいわけで。それは難しいにしても、なんかもうちょっと簡単になりませんか? 手動で振るにしても、リンク張るのと同じくらいの感じでできるようになると、大変ありがたいです」
「簡単に振れるように、ですね」
(言うは易く行うは難しなんだよなぁ。タダじゃないし。いや待て、これIT部の仕事だろ)
「ない袖は振れない(注4)のはわかります。私も全然振れませんから。振ったところで・・・・・・、いえまあ、それは置いといて。無理を承知で、一つなんとかなりませんかね?」
心の中を読まれたのかと、タチオはゴクリと唾を飲む。
「ルビ・ジェネレータですか。ルビをそんなに大事にされていたとは・・・・・・」
「私の一作目を読んでいただければわかると思います。例えば、『水面』か『水面』か、といったことです。あの作品では『水面』と読ませたいわけで」
「そ、そうですよね」
「それから、縦書き機能。縦書きと横書きでは、伝わり方に雲泥の差があるんです。それも含めての創作なわけで」
どんどん話し続ける像子に、議事録担当はもう諦めたとばかりにジャスミン茶をあおる。
「うーん・・・・・・」
唸って腕を組み、タチオは助けを求め隣に座る部下を見る。
その部下もそのまた横の同僚に助けを求め、視線を送る。
結局視線は、円卓を一周回ってタチオに戻って来た。
どうやら逃げ場はないようだ。
「それ、あたしの仕事なんだけど」
まだ一回転もしていないレイジー・スーザン(注5)がジロリとタチオを睨む。
「縦書きの本で読みたい作品もあるんですよ。一冊に綴じられた良さもあるわけですから。なんなら、読者側が好きな作品を綴じて読めるようにしてもいいかもしれません。とにかく、なんかいちいちハードル高過ぎますよね」
(とんでもない船に乗ってしまった。耐え難いほど静まりかえる会議のやり過ごし方、誰かnoteで書いてくれないかな)
そう思っているのは自分だけではないことは、同席する部下の顔からも伺える。モドキを自称し、今は像子と名乗る鳩子が相手とはいえ、物書きなどと宣う手合の言葉は真っ直ぐに飛んでくる。まともに受けていたらひとたまりもない。
「・・・・・・以上でよろしいでしょうか?」
「最後にもう一つ。作家は山ほど集ってますけど、例えば純粋に読みたいだけの人はどう引き込んでますか? 同業者同士の労い合いはよく見かけますがね」
「同業者・・・・・・、そうですね、コラボ企画なんかはしょっちゅうやってまして・・・・・・」
「そもそも創作は孤高な作業なんだと思います。これは感覚的なことかもしれませんが」
「うっ」
死球だ。
しかも鳩尾に入った。
読者はどこから集めてきてるんだ、その辺が見えてこない、あるなら見せてと言う像子に、タチオはうなだれた。データがないわけではないが、社外秘だ。他社SNSやポータルからの引き込みも功を奏していると聞いている。しかしそれだけで充分にリーチできているのだろうかという思いは、ないわけではなかった。
(いや待て、これ企画部の仕事か? マーケじゃないのか? ユーザにちゃんと伝わってないなら、広報のやり方の話にもなるんだし)
そう思いはしたが、それを像子に言ってもしかたない。
「舞台の上は満員御礼ですけど、客席はどうなってるのかってことです」
「ぐうぅぅ・・・・・・」
更に痛い所を突かれたが、ぐうの音ぐらいは出してやった。
大丈夫だ、まだ余力は残っている。
ここで負けるわけにはいかない。
二球連続で死球を受けることになるとは思いもしなかったが、ここに公正な審判などいない。
でも、このまま剛速球を受け続けていたら、しばらく寝込むはめになる。
こうなったら、なんとか早く自主退場してもらうほかない。
「あいにく今日はIT担当が同席しておりませんので、即答は致しかねますが、い、以上でよろしいでしょうか?」
「はい、今回は。また何かあれば馳せ参じます」
(また来る? いや、いいんだ、少なくとも今回は呼んだのはこっちなんだから。とにかく何でもいいから、ぶっちゃけて欲しいと依頼したのもこっちなんだから。それにしてもほんと遠慮なしだな、じゃなくてこれでも手加減してくれてるんだろうな。だけど、新参者に何が分かる、じゃなくて新規ユーザだから見えることもあるんじゃないかと、像子さんに白羽の矢を立てたのもこっちだ。結局、一人の物書きのあまりにも面倒くさい要望じゃないか、じゃなくて一般ユーザのニーズからかけ離れてると実装は難しいわけで・・・・・・。にしても痛え)
タチオは痛む鳩尾のあたりをさすった。
和んで終わる座談会のままでよかったかもしれないと、一抹の後悔がこみ上げてくる。
海鮮焼きそばと杏仁豆腐をぺろりと平らげ、一体いつ注文していたのか、ごま団子を二つ土産にして、像子はさっさと店を後にした。言葉少なにあんかけチャーハンとマンゴプリンを口に押し込んだ部下達も、我先にとオフィスに逃げ帰った。2時間を予定していた座談会は1時間もしないうちに終わり、結局期待していた企画のことは何一つ聞けなかった。
「用がないなら呼ばないでよ!」
スーザンにまで悪態をつかれ、タチオものろのろと席を立つよりほかなかった。
これはきっと悪い夢だ。
さもなきゃ残像だ。
今日のことは綺麗さっぱり忘れよう。
オフィスに向かう道すがら、タチオは自分にそう言い聞かせた。
翌朝出勤し、パソコンを立ち上げると像子からメールが届いていた。
ご丁寧な昨日のお礼と、ごま団子の感想、最後にご提案がもう一つ書かれていた。
そこまで読んで、タチオはそっとメールを閉じた。
昨日の座談会はお蔵入りになったことを知るはずもない像子に、何もかも見透かされているようで、タチオの背筋に冷たいものが走る。
これもきっと悪い夢だ。
さもなきゃ残像だ。
昨日のことは綺麗さっぱり忘れよう。
こうして鳩の一声は、各部署をたらい回しにされることも、社長まで届くこともなく握り潰されるのであった。
像子の声など永遠に届くことはない。
もう一声上げることさえできない。
なぜならもう二度と呼ばれないのだから。
めでたしめでたし。
————————————
注1 詳しくは『あとがきにかえて』と自己紹介記事『Q&Qという自問自答』を参照のこと。
注2 Embrace your Multiple Identities Reinforcementプログラムのこと。著者の造語と思われる。
注3 著者がペンネームを決める際に挙がったが、ボツになった候補の一つ。残像になることは諦めて、草葉の陰にいる設定に切り替えたという経緯がある。
注4 ない袖は振れない件については、『はと子劇場』の初投稿エッセイ『硬いエッセイ』を参照のこと。
注5 Lazy Suzan。中華料理店でよく見る、円卓の中央に置かれた回転盆のこと。韻を踏んで、レイジー・スージー(Lazy Suzy)と呼ばれたりもする。
注6 裸の王様(ハンス・クリスチャン・アンデルセン著)のこと。
この記事が参加している募集
潜っても 潜っても 青い海(種田山頭火風)