アルセーヌ・ルパンの片眼鏡【2021/09/03】
疲れた心には推理ドラマが効く。どんなにこんがらがった糸も、必ず解き明かされるスッキリ感が、複雑極まりない人間社会を生きる私に、一服の清涼剤となってくれる。
最近は、NHK BSプレミアムで再放送中の『名探偵ポワロ』を楽しんでいる。帰宅した後、ぼお~っと見ていると、仕事の緊張がゆるゆるとほどけていく気がする。
ポワロがたまに掛けているのが、片眼鏡。モノクルともいう。「これはどこかで見たことがあるな」と記憶の倉庫を探っていたら、小学生の頃に読んだアルセーヌ・ルパンの挿し絵にあった。
ポプラ社版『怪盗ルパン全集』。ルパンと言えばルパン三世の本かなと思って手を伸ばしたのが、始まり。ルパン三世のおじいさんのお話だった。
盗人だけど小粋でおしゃれ、義侠心のある怪盗紳士。毎回出てくる美女とのロマンス。独特の世界に夢中になった。この本で覚えたフランス語も多い。「城館(シャトー)」「令嬢(マドモアゼル)」。このマドモアゼルも、ポアロがよく口にする言葉だ。
その中の一つ、片眼鏡。子どもにとっては見たこともない道具で、興味津々。どうやって見えるのかな? 自宅にちょうど母の壊れた眼鏡のレンズがあったので、鏡台に向かって自分の眼窩(がんか)にはめてみた。
するっ。レンズは下に落ちてしまった。
そうか。片眼鏡というのは、彫りの深い人にしか装着できないものなんだ。そう試してガッテンした。
ちなみに『怪盗ルパン全集』の横には、シャーロック・ホームズ全集もあったが、見向きもしなかった。ホームズはまじめで礼儀正しい英国紳士だから面白くないだろうな、と勝手に思い込んでいたのだ。実は偏屈な変人だと知って原作小説を愛読するようになり、ベネディクト・カンバーバッチ主演のBBCドラマ『SHERLOCK』にドはまりするのは後年になってからだ。
私のアルセーヌ・ルパン像は、子どもの頃に出会った『怪盗ルパン全集』で形作られた。実は、訳者の南洋一郎が子ども向けにモーリス・ルブラン原作の小説を、かなり大胆に改編した翻案作品だというのは、大人になってから知った。
原作に忠実な訳で読んだこともあったが、アルセーヌ・ルパンの一人称が「儂(わし)」だった段階で、「もう、私の知っているルパンじゃないな」と思って、読む気をなくしてしまった。
何年か前、ポプラ社から復刊されたときは、一番好きな奇巌城を買った。今更ながら表紙絵の魅力も大きかったことに気付く。
ヨーロッパには何度か旅行したけれど、イメージ通りの城館には巡り会っていない。それはきっと私の中にあるのだろう。