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学ぶとは「自発的に」です!

僕は子供の頃から勉強が出来ませんでした。

というよりも勉強の方法が分からなかったのです。その上飽きっぽい。例えば子ども向けの偉人伝の本を読まねばなと思うものの最後まで読み通せないんですよ。して買って放り投げていたエジソンの伝記を母親に見つかり、こっ酷く叱られ泣き泣き読んだ記憶もあります。

僕は弱虫のくせに何でも甘く見て「そんな余裕だぜ」っていう子どもだったのです。

その性格が災いしてか、社会に出てからが失敗の連続でした。当時の僕は空調機や給排水設備の販売会社で営業の仕事に就いておりました。

失敗談を覚えているところでいくつか。

先ずは、工事の打ち合わせの席に参加したものの「内容なんか覚えてられるわー」とナメてかかり議事録を取らずに、お客様の要望通りの機械(空調機)を仕上げることをせず、客先の役員室で「裁判にかけるぞ!」と大目玉を喰らったり(メーカーのキャンセル品が顧客の仕様とドンピシャで裁判にならず)。

そしてもう一つ、自分が楽をしたいからと、協力会社に全て押し付けところ、空調のダクト屋の親方(社長)はじめ職人数名に現場で取り囲まれ、胸ぐらを掴まれスパナで殴られそうになった挙句(タヒぬかと思ったっす💦)、仕事をボイコットされビルのオーナーに「冷房が入るまで帰らせるか!」と監禁されたり(真夜中に大泣き電話でダクト屋の親方に詫びを入れ事態は収束)。

大失敗は高卒で社会に出て3年目。1人で得意先を営業で回り始めた頃でした。それで「失敗は懲り懲りだ」「自分が楽したらダメだ」と考え始め「やはり仕事は小まめに記録を取らないといかん!」との結論に至ったのです。

ところが、文章なんか書いたことがない、学校時代にまともに鉛筆も握った事なく字も超下手。これは勉強せねばと「新聞を読み」「本を読み」「手帳を書き」はじめたのです。

人を動かすには言葉を知ろう!学ぼう!と。

それから紆余曲折しながら、約30年の月日を数えたいまも勉強(人物も)は仕上がってませんけどね。それでもようやっと本読みから「本格的な読書」へ、手帳をつけることから「ライフハック」へと結実しつつあるように思います。

そう言えば、最近読みはじめたこの本にこんな一説がありました。

自分が「できない」ままだと、誰かに「してもらう」しかなく、その人にいつまでもお金を払わなければならないのです。

空想教室(46ページ) 植松努著 サンクチュアリ出版

結局、学んで身につくとは「出来ない」ことが「出来るようになる」ことで「教えてもらう」ことではないんです。自発的に問題を探し答えを求め続ける行為を「真の学び」と呼ぶのだと僕は思います。

しかし僕がもっと賢ければ「大失敗」がキッカケにならず学ぶことが大事だと気がつけたかも知れませんね。でも世の中をナメきった「どアホな若造」の僕には数々の大失敗がとても苦いけど、よく効く薬だったんです。今はそんな風に思えるので少し大人になったのかなーと。

それでは今日はこの辺で。近いうちにまた!

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ハスヌマ ゴロー(蓮沼五朗)
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