事実の形式的妥当性を理解するのは単なる表層的な営みに過ぎないといわれる。果たしてそうだろうか?外に書いてある看板を見ないで、入った店で何をするのか。麺類を欲する空腹時、まず看板にらーめんと書いていなければその店に入らなかったのではないだろうか。事実表題を知らねば、人は動けない。
大学の構造的枠組みが変わらない限り、知的律速は免れないと考えてもいいだろう。切り開く知と頼る知のバランスが崩れると、社会は停滞していく。切り開く知とは未知なる知恵を獲得することで、頼る知は既存の知を整理統合し参照しやすくすることであるとする。人の腹筋背筋のバランスと同様に。
岡田斗司夫さんのゼミが面白い。理由としては、まず語り口が大変流暢。そして、豊富な知識経験、何より意見が穏当。聴いてて思わずその話題に出てくる作品をチェックしたくなる。アニメ漫画のサブカル系地位脱却に向けて、貢献する論者の一人であると思う。