日米韓が連携していても台頭する中国や北朝鮮を抑え込む事はそう簡単には出来ないだろう。でも、てんでバラバラよりかははるかにマシである事も指摘すべきだろう。そして日本とインドも連携した動きを取れるかどうかで、対中関係は大分変わる。我が国の存立危機事態をも少し、煮詰めないとダメだ。
羽生結弦さんの離婚に関して、杉村太蔵さんが放言との件。杉村さんは羽生さんが嫌気が差したんじゃないか、だから離婚したんじゃないかという。愛する人を守る為離婚した、というなら筋が違うと言われてる。確かにそうだが、実際本当に離婚したかどうかも定かでないと考えると、逆転劇を期待したい。
本屋巡りの動画を観てると、出演者の好みが千差万別で色んな動機付けで成立してるのが解る。読書の根本はその人が置かれた環境での不満や願いであると思ってる。最近は、アニメ観るなら原作漫画読め、映画観たら原作小説読めというクラシカル・マウントが凄い。伝統の重みを振りかざす輩はNO!!
ライトノベルは読まないという東出昌大さん。三島由紀夫を愛読書としてる時点でそりゃそうだねと思う。私もラノベに挑んだのだが、文章に慣れず断念した。でも本の種類が広がるのは、広範な読者層にアプローチするには健全だと痛感してる。勿論読み過ぎも疲れるから、適度に運動しつつかな。
ウクライナ危機の根本的な原因はNATOの進出拡大とロシアの欧州進出の衝突である事は既に指摘されている処。一方中国や北朝鮮も専制国家としての骨格維持を止めようとしない。今国際関係を学び直すとするのなら、もう一度中露北の動向を俯瞰せねば。
エガちゃんねるで最近有能っていう言葉を誉め言葉として使ってるコメ主が多い。それはチャンネル内で赤城乳業の中島さんがオラキオさんを持ち上げる意味で使ってるのが発端なんだが。そもそも人を有能って評価できるのって上下関係の上に成り立つもので、軽々に人に有能だとか言っていいのか疑問だ。
文理総合型のクラスがあってもいいだろと思う。数学や物理と日本史や国語が並立するクラスという高校だけでなく、大学においても文理の枠を超えた総合クラスを創って、大学ならではの広い視野を持って、社会事象を分析する力や、エネルギー資源開発や医療器具の発達を広く学ぶ見る力を手段として。
佐藤ゆかり元議員とひろゆきさんのちょっとした討論がアップされてたが、佐藤さんは制度全体を話そうとするから、ひろゆきさんに細部を突っ込まれる。本筋となってる核心の部分を直截に語れば、もう少し伍する議論が出来たはず。維新とやり合うには、もう少し政治の動的な部分をフィーチャーしないと。
何でジムのトレーニングが続かないのか?答えは一つ、やる事が決まっていないから。今の自分に必要なトレーニングと食事管理までやってくれるのがパーソナルジム。最近までパーソナルジム通っていたので、その名残で自分のトレーニングを計画しつつやっている。行ってから何やろ?だと面倒になる。
読書を薦める動画配信が少しずつ増えてる。出版区さんの本ツイは演者の興味を丸裸にする結構エグい企画だ。よく人には自分の本棚は見せたくないといわれるのだが、正に自分もそうで、思想の本とかないけど、もしあったらこの人こういう人なんだっ?って誤解を招きそうで何か嫌だ。岩波とか並べとくか。
パーティー券問題。政党の資金源をどう考えるのか。政治には金は要る。だが、実際どういう経路で資金源とするのか、政治資金規正法に則ってある程度透明性を確保する事も、実は大事にしなくてはならないと思われる。与党は先ず、国民から疑念を抱かれたら、正々堂々と開かれた姿勢を取るべきだ。
ジムでトレーニングしてきた。私はパーソナルジムが好きなのだが、高いので一般向けのジムで我慢する。トレーニングはストレッチを先ずは入念に、その後マシントレーニングを一通りやる。週に2回通うので疲れ過ぎぬよう、加減して負荷をかける。持久力の維持が最大の理由なので、走るようにしてる。
本屋ついていってもイイですか?の配信を最近よく観る。一万円札を出演者に渡して、その枠内で本を買っていくというコンセプト。演者ごとに個性が本に現れて、その人の興味が浮き出てくるのが面白い。芸人の永野さんがヴィレヴァンでサブカルについて熱く語る回が結構笑える。是非観て欲しい。
大学入試の根本って忍耐力そのものだと思ってる。自分でやるのが勉強だけど、周りのサポートもどうしたって必要になる。泥に浸かってゴールに向かうって実はセンスじゃなく鍛錬だから。頭がいいとか序の口足る事は理解していくのがいいよ。。
勉強が嫌いな人はいる。大受に関しても多くのものを犠牲にして挑んできた受験生は多い。嫌いだけどやらな進まない現実を前にして、皆覚悟してしまう。だけど、本当につけるべき教養とは実は負ける事の痛みを覚えないと培えないと私は思っている。成功体験は間接的な教養に過ぎないよ。
格ゲーに才能は要らないというどぐらさんの一言。努力の積み重ねを本質とし、競い合う関係というのは実は一番しんどいのではないか?才能や感覚で勝てるだけだったら、幾らでも言い訳になる。けど努力つまり鍛練で壁はある程度は超えられるのであれば、出来ないのは鍛練不足になる。やるしかない!
浪人生の勉強の孤独は恐らく経験しない人にとっては想像だに出来んだろう。一年前の失敗の記憶がタトゥーとなり、もしかしたら何もなくなってしまうのかと思うかもしれない。だから、自分の可能性を信じてやれるのは自分だけだって言い聞かせないと、ダメやねん。もうすぐ夜明けだ・・。やったれ。
説明としてつまらないと指摘され、今の時代知的好奇心をくすぐる説明をしなきゃいけないのか~と頭をガツンと殴られた感覚を受けたのを思い出す。別に学校の講義でも何でもないんだから、そんな事って思ったけど、役立つし面白いっていうのを求められるのも時代の要請なのかもしれないね。
あー、疲れた帰宅と同時に洗濯機回して、風呂掃除して、ペットに餌やって、居間片づけて、って今日からまた自堕落な生活になるべえか・・っ。
学生が二郎系に並んでるのを見て、あの量を彼らは食べれると思うと嫉妬の炎が燃え上がる。フードファイターに嘗て憧れていた筆者にとって、あれだけの量をたいらげるのはMAXだけだと信じていた。筆者はやや大食いであり、大食漢にはなれぬのか、神よっ・・・。
政治の話ってイデオロギーに終始するから、自分と違う主張の人の批判を受ける事は避けられない。というか、イデオロギーの全く重なる人こそそもそもいないから、そうだそうだの合唱コールが鳴る事もあんまりない。だから主義でなく制度の面から議論しないと、公正な議論はしにくい。先ず数から語れば。
人に乞われてする助言を、何を履き違えたか相手より上の立場で上段構えにて説法するのは、何とも言えない空気感にしてしまう事は自戒しておきたい。取り敢えず相談されている時点でどこまで踏み込めるか経験則働かせ、謙抑的に添えるくらいしか、助言は出来ないはずだ。
ときどさんのシンガポール遠征。カヤトースト、美味しそう。シンガポールのカヤジャムは頂いた事はあるのだが、ソースにディップして食べるのは美味しそう。このダークソイソース、どんな味だろうか?オラもシンガポール満喫したいだよ。
好きな大河ドラマで個人的上位に挙がるのは、やはり『功名が辻』だなと思ってる。仲間由紀恵さんと上川隆也さんの豪華2トップは当時から話題だった。山内一豊の生涯を描くという当時としては傍流であった武将をフィーチャーしたのも斬新だった。信長、秀吉、家康に仕えてきた一豊の律義さたるや。
大学で相手を説得する学問を考えたとき、法学部というのが候補に挙げられるのが少し時代の潮流から外れてる気がする。経済学部のような数式モデルに基づいた立証過程や、社会学部のような統計を基に社会事象のムーヴメントを数値で裏付けるといったやり方が古典的手法としてあるのに関わらずだ。
友達が少ないと嘆く人というのは、環境によりけりといったある程度の見切りを付けない人が多い。ある程度人間関係が構築出来るには、共通体験が必要になる。つまり、同じものを見て、同じ作業に挑まねば話題を共にする事は出来ない。だからこそ、人と共存する目的は尊ばねばならないのだ。
山田玲司さんの動画配信をよく観る。色んな角度から物事を掘下げ、社会の歪みをあぶり出す論者でもあり、独創的な作品を繰り出す漫画家でもある玲司さんの人柄の良さはMCのおっくんや久世さんとのコラボで証明済み。キラーコンテンツの1つだと思うな。
安倍元総理の政治手腕を神格化する論調がある。保守岩盤を維持・増進させようとする一定の勢力が百田新党に期待するが、正直言って保守リベラルの対立で人気を煽る焚きつけ方は一昔前の政治のやり方だ。安倍さんの金融政策だって本来リベラル側の施策で、円相場も強弱が円への信任という訳じゃない。
情報提供の在り方とは、どのようなものが理想か?OP等の自己証明型の報道がベースとなり架空の情報提供を食い止めるのも勿論必要だが、CG加工や元の情報改ざんといった在りそうな嘘を見極めるメディアリテラシーも一定程度は要る。偉そうに語ったが、その為には多くの嘘事例に当たるしかないと思う