"晴れの国おかやま県” 源平合戦、藤戸2日目。源氏側の佐々木盛綱はなぜ馬で海を渡れたのか?舟を持たない源氏軍は平家を攻めあぐねた。盛綱は地元の漁師から、馬で浅瀬を駆けて渡れる事実を知る。他の味方に漏れるのを恐れ、なんと漁師を殺害。その悲劇は現代にも謡曲「藤戸」に残っています。
"晴れの国おかやま県” 源平合戦!今日初めて、倉敷の藤戸へ行ってきました。源平の戦場の一つ。平安当時は海だった藤戸海峡。そこを馬で渡り先陣を切った源氏側の佐々木三郎盛綱。藤戸の倉敷川には盛綱橋があり、銅像でその姿をいまに残していました。勇猛果敢な姿でした!