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「問い」を生きる

人生は問いの連続です。問いを生きることが人生であると言っても過言ではありません。

私たちは日々問いを立てて考えています。今日の夕飯は何を食べようか、ラーメンがいいか、カレーがいいか。明日の休日は何をしようか…。人はいつでも問いに対して何らかの答えを出して行動しています。

そして時々、人生を左右するような大きな問いに出会うことがあります。夕食や休日の予定が問いとは言えなくなるような大きな問いかけ。そんなものにあなたも出会ったことがあるのではないでしょうか。

たとえば就職先を決めるとき。愛する人と別れたとき。人間関係に苦しんでいるとき。このようなときに、自分の存在を揺るがすような大きな問いに直面します。

では、この大きな問いに対して、どう対処すればよいのでしょうか。

本記事では、大きな問いに出くわし、立ち尽くしてしまった人がどうすればよいかについて考えていきます。

あなたが大きな問いに対して、どんなに小さくても一歩を踏み出せることを願っています。

大きな問いに出会うのはどんなときか

大きな問いに出会うのは、どんなときでしょうか。大きな問いに出会うのは、おもに「迷っているとき」「苦しんでいるとき」です。

迷っているとき

まず人は迷っているとき、大きな問いに直面していることがあります。

例えば就職先を選ぶとき、「自分はどの会社に就職するべきか?」という問いにぶつかります。この問いは非常に大きな問いと言えるでしょう。なぜなら、自分の今後数ヶ月から数十年の過ごし方を決めてしまうからです。同様の場面として、受験や転職なども考えられます。

このように自分の未来を決定するタイミングで人は迷います。未来を決める問いに直面し、今までの自分を照らし合わせ、将来を選択する。この作業は容易なものではありません。

苦しんでいるとき

次に、苦しんでいるときにも人は大きな問いに直面します。

人間関係に苦しんだり、夢が実現できなかったり、大好きな人と別れなければならなくなったとき、人は問いに直面し苦しみます。「なぜあの人はいつも自分をいらつかせるんだろう」「なぜあいつは夢が実現できて、自分はできなかったんだろう」「なぜこんなに好きだったのに、思いが伝わらなかったんだろう。このような問いもまた、大きな問いです。

自分の過去と向き合い、現在の自分を見つめ直す。苦しんでいるときには、そんな問いと向き合わなければなりません。

未来への問いと過去への問い

こう考えると、迷っているときに出会う問いとは「この先、自分はどうすべきか?」という未来に向いた問いであり、苦しんでいるときに出会う問いは、「あの経験には今の自分にとってどんな意味があるのか?」という過去を向いた問いであることがわかります。いずれも未来や過去を考えることで現在の自分のあり方を決めるという場面です。このような場面で、人は大きな問いに出会います。

大きな問いに出会ったとき、どうすれば良いのか

迷いや苦しみの中で大きな問いにに出会ったときには、その迷いや苦しみから目を背けず、安直な解答に逃げないことが必要です。安直な解答は何も生み出しません。

安直な解答に逃げたハシモトの場合

かくいう私も安直な解答に逃げたことがあります。大好きだった彼女に振られ、悲しみや寂しさや後悔を誰にも話すことができず、その気持ちが「お金を持てば人に認められるだろう」という安直な解答を生み出しました。

この安直な解答にすがった結果、人のことよりも自分のお金になることを優先させ、自分よりできない人を見下すようになりました。最終的には、そんな自分に嫌気がさし、人からも嫌われたように思い込んで人間が信じられなくなり、メンタルが壊れてしまいました。後に残ったのは虚無感だけだったのを覚えています。

このように、安直な解答にすがり、自分を見失うと、結果的にさらに大きな迷いや苦しみを呼び込むことになります。答えを見つけたいという迷いや苦しみが安直な解答への欲望を生み、問いから目を背けさせ、結果的にはさらに事態が悪化する。これが安直な解答にすがることの末路です。

安直な解答に逃げないためには

では、安直な解答にすがらずに生きるにはどうすればよいのでしょうか。大切なのは、「問いを生きる」と覚悟を決めることです。人生は問いの連続であり、その中で悩みや苦しみは必然である。であるならば、迷いや苦しみを受け止め、考えながら生きていくしかない。そんな風に決めることが大切なのではないでしょうか。

問いを生きる上で、「待つ」という姿勢も重要です。悩みや苦しみで先が見えない闇の中では、動き回ることも一筋縄ではいかないこともあるでしょう。そんなときこそ、待つことが効果を発揮します。「待つ」時間を持つことで、来たるべき次への機会に備えることができます。主体的に動くことばかりが求められる現代ですが、苦しくつらい迷路を歩くために、時々立ち止まって、時を待つことも必要です。

迷いや苦しみの絶望の中で

「問いを生きる」そう決めた人生は苦しいものになるでしょう。常に迷い、苦しむことになるからです。しかし、そんなときに出会える喜びや楽しさ、感動はひときわ輝きます。絶望の闇のなかにいるからこそ、一筋の光がより強く感じる。そんなことがあると思うのです。

闇を知らぬ者に光はない。夜明け前が一番暗い。止まない雨はない。言い尽くされた言葉ですが、闇の中の光を、夜明けを待つ心を、晴れを信じて雨に打たれる強さを、持ちたいと思っています。

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