【劇評280】ユダヤ人一家四世代の流転を描く『レオポルトシュタット』の凄み。小川絵梨子演出の冴え。
一ヶ月のうちにトム・ストッパードの『レオポルトシュタット』を二度観た。
九月はニューヨークで、十月は東京で。
新国立劇場が総力をあげた舞台は、本年度の演劇界を代表するだけの力に満ち満ちている。
1899年にはじまり、1900年、24年、38年、55年と幕が進むにつれて、ウィーンの裕福なユダヤ人一家が流転していく。
ナチスの台頭、戦争の激化、ユダヤ人虐殺。祖父の代は、貧しいユダヤ人が住む地区、レオポルドシュタットに住んでいたこの一族は、ヘルマン・メルツの代になって、紡績業で成功し、現在はリング通りに豪奢な邸宅を構えている。
四世代のメルツ家、ヤコボヴィッツ家の興亡に従って、この邸宅もまた、流転を重ねていく。その運命の苛酷さ、残酷さが、小川絵梨子の演出によって、テンポよく物語られていった。
トム・ストッパードの戯曲は、ヨーロッパの社会の中で、徹底的に排斥させれてきたユダヤ民族が、戦争を隔てて、いかに世界の各地へと逃亡を迫られていったか、そしてほとんどの人々は強制収容所で命を奪われた事実を冷静に見つめている。
小川演出は、日本人の観客を意識して、ユダヤ人の自嘲的な側面よりは、人類の暴力性に焦点を合わせる。ウクライナ、中東で今も破壊と殺戮を重ねていると語っている。
広田敦郎の翻訳も、ユダヤの習慣になじみのない観客を意識して、丁寧な微調整を行っているのがよくわかる。妙訳、名訳である。
ヘルマン(浜中文一)の嘆き、グレートル(音月桂)の魅力、エルンスト(野口琢磨)の誠実、ハンナ(岡本玲)の朴訥、フリッツ(木村了)の冷酷、そしてエミリア(那須佐代子)の威厳を丁寧に描くことで、普遍的な人間のドラマとして劇は、私たちの現在に接続された。
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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。