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【劇評305】仁左衛門、渾身の「すし屋」。目に焼き付けたい舞台となった。

 六月大歌舞伎夜の部、初日。
 自由闊達な『義経千本桜』を観た。

 仁左衛門が芯となって目をとどかせるのは「木の実」「小金吾討死」「すし屋」。型を意識しつつ、とらわれすぎない仁左衛門の境地にうなった。

 「木の実」は、平維盛の行方を捜す妻の若葉の内侍(孝太郎)とその子六代君(種太郎)とお供を勤める家臣の小金吾(千之助)が、下市村の茶店で休んでいる。六代君の腹痛を起こしたため、茶屋の女実は権太の女房小せん(吉弥)に薬を求める。村はずれで身体を休ませる一行の哀しさ、旅の疲れを見せる。孝太郎に品格。

 仁左衛門の権太は登場から華やか。それでいて小悪党のずるさを見せる。低姿勢から一転して、荷物を取り違え、小金吾に「くすねたであろう」と迫るときの嫌味は、かねてから仁左衛門独特の味がある。

 権太と女房、息子の三人になってから、権太が息子の善太郎(秀乃介)に、さいころ博奕を教えるときのおもしろさ。博奕が三度の飯より好きな権太の性向をありありと描き出す。

 「小金吾討死」は、千之助の水際だった若衆ぶりが見物。姿が良く、踊りで鍛えているから、立廻りが小気味よい。若衆にも才質のひらめきがあるとよくわかった。

 松之助の猪熊大之進は、力み返るところに、滑稽味もまじって、自分の役にしている。

 さて、「すし屋」だが、錦之助の弥助が花道の出から柔らかく、憂いがある。出色の出来。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。