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秀山ゆかりの「引窓」と吉右衛門の決断。

9月大歌舞伎の演目が発表になった。

 毎年9月といえば、秀山祭である。二代目中村吉右衛門は、現在の歌舞伎を代表する俳優であり、六代目菊五郎とならび称された初代吉右衛門の藝を受け継いでいる。
 初代の生誕120周年を記念して2006年に始まったのが、現在の秀山祭だが、十五年近く続いてきた看板を下ろした。今回の新型コロナウイルスの影響で、変則的な四部性を取っている。それぞれに芯を取る役者を置くと、一月の興行全体を座頭が仕切っていくかたちは、むずかしくなったのだろうと思う。

 そのなかで、第三部に吉右衛門の『引窓』が出る。
 秀山ゆかりの狂言と角書きがつく。

 濡髪はもちろん吉右衛門。配役で注目されるのは、与兵衛に菊之助が抜擢されたところである。こうした吉右衛門家、播磨屋の主要な役を、舞台上で相手役を勤めるのは、きわめて貴重な機会なのは想像にかたくない。

 菊五郎家、音羽屋の演目については、父菊五郎の相手役を勤めることで、将来にそなえてきた。「髪結新三」の勝奴、「直侍」の三千歳がよい例だけれども、女形としてではなく、立役で、相手役を勤める意味は大きい。

 特にこの「引窓」では、吉右衛門と菊之助が、がっぷりよつにくんだ芝居が求められる。それだけに、先々、濡髪を自ら勤め、やがて、長男丑之助や後輩に播磨屋の藝を伝えていく役割が期待される。

 歌舞伎の興行は、どんな理由があろうとも、過去から現在、そして未来へと伝承が続く仕組みがどうしても必要である。どれだけ映像記録が発達しようとも、また、前月にすぐれた先輩に教わりにいっても、ともに舞台に立つことにかなうものではない。

 濡髪と与兵衛は、幕切れ、お互いが密接に接近する場面がある。

 濡髪を縛った縄を与兵衛が切ると、明かりとりの引窓が開く。月光が明るく差し込んでいく。与兵衛は濡髪に金を渡して手を取り合う。その握る手と手にふたりの思いが重なる。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。