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「200字の書評」(346) 2023.7.10


暑中お見舞い申し上げます。

小暑どころか炎暑です。身にまとわりつく湿気によって気分も急降下、アゲルちゃんならぬサゲルちゃんです。暑くなり始めたころから、いつもの散歩道高麗川沿いの堤防から見えるはずの富士山が見えなくなりました。冬の時期には純白の山容が毅然として屹立していたのに、今は靄の彼方に隠れています。まさにモヤッした空気が世間を包んでいます。どうも、正義とか公平、思いやりという美徳は靄の彼方に消えてしまったのような観を呈している昨今です。遥かな彼方に未来は隠れてしまうのでしょうか。彩雲が見える日を望む毎日です。

さて、今回の書評は感染症と人間社会についてです。パンデミックの見方が変わります。


村中璃子「パンデミックを終わりにするための自由論」文芸春秋 2023年

その示唆は衝撃的だった。本書の提起を2点だけ記すと、パンデミック下における国と市民の姿勢の問題。終わらせるためには自由の規制を受容するのか、しかも先を見越して自覚的にである。揺れ動く日本政府と受動的な国民への問いかけである。もう1点感染症対策は国防と同義であり、優れて軍事的である。遺伝子操作による生物兵器研究と密接な関係が語られる。著者はいう「アメリカにとってパンデミックは『戦争』なのだ」と。


【文月雑感】

▼ 昨日9日は鴎外忌、言わずと知れた明治の文豪森鴎外の命日です。もう60年も前になるでしょうか。高校の国語の時間に、教師が教科書に載っていた鴎外の文章を朗読してくれました。男性教師のやや鼻にかかった声とリズミカルな文章が、今も耳に残っています。鴎外を読むようになったきっかけです。その延長線上に、硬質で流麗な文章の中島敦も存在していたのです。漢学の素養は文章に深みを加えます。国語教師のS氏は翌年小樽に異動になりました。手紙を書いたけれど、返事は来ませんでした。

▼ 教育テレビでの「最後の講義 ノンフィクション作家 保阪正康」を録画して観ました。昭和史をオーラルヒストリーの形で記録し続けてきた保阪が、若い受講者に語り掛けています。兵士、指導者、戦争体験者、その家族に手紙を書き、質問し記録する。生きた歴史がそこにはありました。彼が最後に諭すように「民主主義の後をファシズムがついて来る」と語りました。今の世相に通ずる教訓です。

▼ 同じ時期にETV特集で2週連続「ミッドウェー海戦」を放映しています。これまた録画で観ました。澤地久枝は双方の戦死者を調べ尽くしました。その数は3418名。日本海軍が壊滅的な敗北を喫したこの戦闘で、戦死者の正確な数は公的に確認されていません。一個人に過ぎない澤地は米国にも足を運び公文書に当たり、遺族にも会って徹底的に調べます。双方ともに10代の若い兵士がいて、日本の空母には何と15歳の通信兵が搭乗していたこと、米軍側では17歳の兵士が戦死していたことを明らかにしました。炎上する日本空母には生存者が残っていたのに、日本の駆逐艦からの魚雷で沈められました。敵方にわたるのを防ぐためでしょう、戦争の非情さです。澤地久枝「記録 ミッドウェー海戦」(ちくま学芸文庫)はすべてを映し出しています。労作です、本来なら国がなすべきことです。


<今週の本棚>

東北大学日本史研究室編「東北史講義 近世・近現代篇」ちくま新書 2023年

大和朝廷の全国制覇のための蝦夷征伐、源頼朝による奥州藤原氏の滅亡など古代中世において、東北は征討収奪の対象であった。近世近代においても、戊辰戦争による荒廃、白川以北一山百文と侮蔑されるのが東北である。つい数十年前には経済成長を支える安価な労働力として東北各地から中学卒業生の集団就職があり、農民の出稼ぎも常態化していた。さらに首都圏の電力需要を満たすための原発建設が押し付けられ、その結末はご承知の通りである。そんな東北を歴史学として様々な視点から解説しているのが本書である。東北北海道新幹線で旅をする時、そのお供に本書は如何。


★徘徊老人日誌★

7月某日 釧路の友人からメールが届いた。高校の同級生たちの近況だった。N君膀胱癌(人工膀胱)で治療中、F君前立腺癌摘出治療中さらに腰痛手術、W君膀胱癌摘出治療中、Y君喉頭癌入院中、H君状況不明等々、惨憺たる有様。青春真っ盛りの学校での日々、文化祭前夜祭では恒例の行灯行列が繁華街にさしかかった時の炎上事件、修学旅行では京都に向かう途中秋田での行方不明事件と東京での飲酒事件。大学受験とその後の学生生活、卒業後の生き方など、時代を同じくした友人たちのその時々の顔が浮かんでくる。メールをくれた友人と私は幸い今のところ人並みの疾患はあるものの、大きな病は抱えていない。でも衰えは確実に進行している。かつての紅顔の美少年(?)たちの背中には老いの足音が高く響いてくる。

7月某日 元TBSキャスター金平茂紀氏の講演を聞いた。権力に忖度しない貴重なジャーナリストである。「既に新しい戦前になっている。ロシアのウクライナ侵攻とアベ銃撃事件によってそれが開かれた。ウクライナ戦争を誰も本気で止めようとしていない。この二つによりショックドクトリンとしてパンドラの箱が開き、今までできなかったことがどんどん進められてしまった。市民、ジャーナリズムの沈黙化が眼前にある。」この講演を聞いて、暗澹たる気持ちになってしまった。ウクライナ戦争は既に500日に達し、毎日のように無辜の民の人命が失われインフラが破壊されている。双方の兵士の死傷も深刻である。とにかく停戦してほしい。戦争は最大の人命軽視であり、環境破壊である。業績が好調で懐が潤い哄笑するのは軍需産業、つまり死の商人だけである。何度も言うように、不正義の平和であっても、正義の戦争よりはましなのだから。日本はNATOに深入りしようとしている。NATOとは北大西洋条約機構のこと、米国主導の欧州の軍事同盟に関与するいわれはないはず。まさに新たな戦前か。平和国家としてウクライナ戦争の早期終結に乗り出すべきである。台湾有事を煽って、軍備増強に乗り出すのは愚策である。情けない。


線状降水帯の被害は深刻です。九州、中国、北陸の状況は危機的です。いつ身近に迫ってくるか予測できません。人間の積み重ねた悪行のツケが、異常気象として払わされているのでしょうか。コロナ第9波襲来です。近所の病院で、6回目のワクチン接種を済ませました。チクリとした針の痛みに村中璃子の主張を思い出しました。ウイルスもまた地球上の存在なのです。
どうぞご健勝でお過ごしください。

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