旅の道しるべにしたい一冊と出会えた夜
台風の影響でネットが使えない間、積読していた書籍を幾つか読了した。
今日はその中の一つ、吉本ばななさんの作品をご紹介したい。
私という人間の輪郭の一部は、間違いなく吉本ばななさんの作品でできている。「キッチン」「ハゴロモ」「TUGUMI」「デッドエンドの思い出」、ちびがお腹の中にいる時に読んだ作品「イルカ」も、とても思い出深い。今回読み終えたこちらの作品も、私にとってかけがえのない1冊となった。
「人生の旅をゆく3」吉本ばなな作
幾つかの短いお話をぎゅっと詰め込んだ優しいエッセイ。あとがきまで含めて334ページ。どのお話も、さりげない優しさがたくさん散りばめられている。ご自身のご両親との死別。喪失と再生。ご家族への溢れんばかりの想い。きれいごとだけではない。でもきっと、そこも含めてきれいで在りたいと願っている人なのだろうと思わせられる作品だった。
私の心に特に強く残ったのは、このエッセイだ。
「そんな人だから」
このタイトルから始まるたった4ページの文章に込められた想いに、ひたすら胸が詰まった。作者が大切なご友人を亡くし、その方を想って書いたもの。ご友人はがんと闘病しており、余命宣告をされるほどに状況は厳しかった。それでもその女性は、いつも前を向いていた。
ずっと明るくふるまい、ちゃんとごはんを食べ、常に生きる方向を向いていた。
吉本ばななさんは、そう記している。
そんなご友人との時間を過ごしている最中、ばななさんがお子さんの水疱瘡に感染してしまう。水疱瘡というのは大人になってから感染した場合、本当に大変なことになる。40度もの高熱が数日続き、水疱は強い痒みと痛みを伴う。どうにかそこから体調を持ち直して久方ぶりにご友人に会ったときのこと。
彼女は私を見るなりほんとうに心配そうな顔で「たいへんでしたね!」と言った。
私は彼女ががんだと聞いてから、一度だってあんなふうに、心から心配だということが伝わってくる優しい声を出せただろうか?
自分が満たされている時に人を思いやることは、さほど難しくない。でも、自分が困難にぶつかっているとき、苦しみの真っただ中にいるとき、変わらず人にこんなふうに優しさが伝わる温度の声を出すのは、多分とても大変なことだ。こういうのは、やろうと思ってできるものではなく自然と滲み出るものなんだと思う。のちに続く作者の言葉からも、それをうかがい知ることが出来る。
そんな優しい人だからこそ、病気になるまでいろいろがんばってしまったのかもしれない。
でも、私はそういう人に「がんばらなくってよかったんだ」とはやっぱり言えない。その笑顔は、人に評価されるためにではなく自分との闘いに勝った人のものだったからだ。
“「がんばらなくってよかったんだ」とはやっぱり言えない。”
この一文を読んだ瞬間、涙がぽろぽろと溢れた。そうだよな、と思った。こういう人は、良く思われたくてがんばっていたわけでは決してない。「がんばる」という意識すら、もしかしたらなかったかもしれない。私も何人か知っている。こういう、底抜けに優しい人を。その人の周りはいつもとても温かくて、日溜まりのようで、たんぽぽの花がよく似合うような色の空気をまとっている。
そして思った。吉本ばななさんは、とても優しいかたなのだと。人の優しさを真っすぐに受け取れる人は、間違いなく優しい人だ。その温もりに感謝して、幸せを感じることができる。時にはそれで切なくなったりもする。そういう感受性を持った人が、優しくないわけがないのだ。だからこそ、こんな文章が書けるのだろう。お友だちがくれた、たった一言。その時に感じた想いを、こんなにも大切にそっと書き残すことが出来るのだろう。
私もだれかにああいうふうでありたいなと思う。
文末のその言葉が、天国にいるお友だちにも届いていたらいい。
この作品の中で、私が最も心に残った一文を最後に記しておきたい。
なにかを創る人生って、自分も含めてたいへんだしお金にも苦労するし特にかっこいいものでもなんでもない、でもやっぱり最高だな…静かにそう思った。
想いを込めてなにかを創る。それがこんなふうに、人の身体と心の隅々まできれいにしてくれるような作品として、たくさんの人に愛される。それはとても尊いことで、確かに、「最高だな」の一言に尽きる。
私も、そんなふうに思えるものを創りたい。そんなふうに思ってもらえるものを書きたい。
まん丸に膨らんだ綺麗な月を眺めながら、静かにそう思った。
「人生の旅をゆく3」吉本ばなな作。本文より、一部引用させて頂きました。
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