シュジン【短編小説】
「リンゴの気分じゃない、違うの持ってきて」
「ダメだよ、食べなさい」
ご主人の「食べなさい」が大好きだ
今は食事なんかより
ご主人と戯れてたい
「私の頭を撫でて、私の目を見て」
「まだ仕事があるんだよ」
ご主人はデスクに戻ってしまう
デスクチェアの横にはスツールがある
ご主人が作業中でも、私が隣に座れるようにと買ってくれたものだ
正面のパソコンを見つめながら
淡々とキーボードを叩き続けるご主人の呼吸が
どんどん荒くなっていく
焦げ臭い匂いが鼻をついたと思ったら
あっという間に灰色の煙で部屋が曇る
「ご主人、逃げないと」
バチン、玄関の方で何がが弾け燃えている
複数人の悲鳴が聞こえる
それでもご主人は一点を見つめたまま
タイピングを止めようとしない
脂汗で塩辛くなったご主人の首筋を舐めると
ずるりと皮膚が捲れた、鉄臭いご主人を舌で転がし、血が滲みぬらつく首に齧り付く
筋ばっかりで硬い首をしゃぶり続けていると
ご主人の股間が屹立していく
ご主人の白いシャツが真っ赤に染まる
「これは誰の血?」
「僕の血じゃないよ」
「そっか、よかった」
開いた瞳孔をいくら見つめても
ご主人の瞳はもう私を捉えてくれない
業火に焼かれてしまう前に
冷たくなったご主人とまぐわう
ご主人、愛してるの。
「今日もよく眠れたよ」
そう言って毎朝キスをしてくれる
私が毎晩食べている悪夢がどんなものだったのか
私の言葉を理解できないご主人が知る事は無い
ご主人の悪夢は永遠に私だけのもの
独房で座禅を組むご主人の膝に寄り添い
囚人服の間から脇腹に舌を這わせると
擽ったいと優しく微笑んでくれる
私の長い鼻と、まばらに生えた毛を撫でられたり
ご主人の乾いた指を右手の親指から順番に咥えたりして
見つめ合いながら一緒に過ごしていると
あっという間に待ち焦がれた夜になる
刑務官は呆れた顔でいつも私達を監視する
シュジン【終】
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