あの瞬間に引き戻される感覚
恒例となったWebライターラボのコラム企画。10月のテーマは「お気に入りの本」だ。
お気に入りの本と聞いて、まっさきに浮かんだのは、よしもとばななさんの短編集「デッドエンドの思い出」である。
なかでも大好きなのは、「幽霊の家」という話で、気温が下がり始めると、毎年読みたくなる。
タイトルだけ見ると、ホラーのようだけれど、恋愛ものだ。
あらすじは、こんなかんじ。
コラムを書くにあたり、どこをどう気に入っているのか、考えながら読み返してみたのだけれど、うまく言語化できない。
好きだと感じるのは、ストーリーなのか登場人物なのか、表現なのか、あるいは他の何かなのか。
はっきり分からないのけれど、この本だけは、買ってから何年たっても手放せないんだよね。
その理由をどうにか言葉にしたい。
1週間くらい、常に脳の隅に疑問を置いておき、たびたび取り出して考えてみると、やっと答えのようなものが見えてきた。
私は、一瞬の感情を、ひとつひとつ言葉でなぞっていくような、ばななさんの文章が好きなのかもしれない。
たとえば、下の部分。
冷たい空気のなかにいることがいやになって、
そう思いながらも、本心は違う。どちらからともなく触れ合い、裸になって一緒に布団にくるまりたいだけなんだ。
しあわせなのに、何だか泣きたくなる。懐かしい感じ。
読んでいると、私の魂がせっちゃんに乗り移って、今この瞬間に立ち会っているような感覚になる。
せっちゃんと過去の自分の境界線が曖昧になるのだ。
ああ、そうか。
「幽霊の家」には、忘れたくないけれど、いつの間にか忘れてしまった、過去の私の感覚が閉じ込められているんだ。
やっと、この本が好きな理由が見つかった。
写真を撮ったり、日記に書いたりする程ではない。けれども、時間が経つほど大切さが増していく繊細な感情を、一瞬で蘇らせてくれる。
私のタイムカプセルなのだ。
Discord名:春野なほ
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