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本に埋もれて〜蔵書の整理にとりかかる

2日間、降り続いていた雨が、あがった。雨を眺めたり、聴いたり、しているのは好きだけれど、雨あがりの空は気持ちいい。からだ全体でそれを感じる。

今朝はへんな夢を見て、まだ暗いうちに目がさめた。夢は、とりとめのないことのように感じられて、いま自分に(夢が)何か言わんとしているようにも思える。

昨年の秋、まだ本格的に寒くなる前、「活字の断食」をした時に、自室の大模様替えをした。それ以来、部屋の整理がまた滞っていたが、今度はいよいよ蔵書の整理をしようと思う。つまり、ある程度を売り払ってしまう。

ぼくの場合、一度読んで、二度読む本は稀だ。繰り返し、繰り返し読んでいる本はそれなりにあるが、そんな本には滅多に出会えるものではないし、一度読んだ時にその本が「これは繰り返し読みたい本だ」とわかるかどうかもわからない。

最初に読んだ時は何とも(面白いとも)思えなかった本が、ある時、急に自分にとって大きな存在になるということもある。それならまだいい方で、最初に読もうとした時には読み進められなかった本が、ある時、急に読まれ始める(自分に)ということもたまにある。

どの本が、どうなるか、そんなことはわからない。だからぼくのようにコレクション気質のまるでない人間にも蔵書というものは生まれる。

本棚で整理するような大きさの家ではない。本棚は押入れである。

整理しようとすると、たくさんの本に埋もれて、もういっそのこと、全部、売り払って綺麗さっぱりしてしまいたい気持ちになるようでもある。が、そこはぐっとこらえる。大事な本もある。あとで後悔しないように。

いまは店舗をもたないウェブの(古書を扱う)会社に売る方が高く買い取ってくれるという話は知っている。そうなってしまうことには一理あるし。

しかし、ぼくの蔵書はこの20数年、新刊書店と古書店の両方から集めてきたもので、文芸・芸術か、それに関係するものが多いから、良心的な古書店が近くにあればそこに売りたいような気もする。と、思っているんですけど、横浜の古書店、どこがいいだろう?

(つづく)

「道草の家・ことのは山房」のトップ・ページに置いてある"日めくりカレンダー"、1日めくって、3月5日。今日は、"別れの季節"の話。さようならが、さびしいと感じるのは、いつからなんだろう? ※毎日だいたい朝に更新しています。

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