道草の家、の2階
あのアフリカとはあまり関係がない個人的出版レーベル「アフリカキカク」の雑記帳。
道草氏による雑記帖、とても個人的だけれど、ひらかれている場です。
道草氏による日々の考えごと
道草とは、ついついしてしまうもの、である。
でも実際に映画を撮ってみるとしよう。すると、映画を作る必要などない。キャメラが廻り始めるや、映画はひとりでにできあがる。キャメラを手にして走らざるを得なくなったら、何かがうまくいっていないのだ。(ジャン・ユスターシュ) さて、『アフリカ』vol.35(2023年11月号)、恒例の"ライナーノーツ"を書いてみます。いつも以上に長文になりそうですが、一気に読まなくてもいいので、ぜひゆっくりとお付き合いください。 その裏話は、「水牛のように」11月号の「『アフリカ』を続けて(2
犬飼愛生さんの新詩集『手癖で愛すなよ』(七月堂)が出たのは、昨年の夏だった。いつも犬飼さんの新作(詩とエッセイ)を『アフリカ』に載せている編集者である私には、すぐに送ってきてくれるので、今回もすぐに一読した。そこでいつもなら、ここ(note)で紹介文を書くところだが、直後に『アフリカ』の切り絵の作者である向谷陽子さんの訃報が飛び込んできたので、あまりの衝撃に、それどころではなくなり、機会を逸してしまった。 『アフリカ』vol.35(2023年11月号)には、スズキヒロミさん
現在、ノンビリ発売中の日常を旅する雑誌『アフリカ』最新号(vol.35/2023年11月号)ですが、書いている人たちに、自作や『アフリカ』について語ってもらいました。 編集人が書いた"ライナー・ノーツ"は、こちら。 彼(というか私!)ばっかり語っていて、他の人たちの声が聞こえてこない、とは誰からも言われてませんが、そんな気もしないではないので、もしよかったら…と腰を低くしてお願いしてみました。まだ全員からは寄せられてないのですが、小出しにしてみようと思います。 何回かに
彼を近くに感じたかった。あらゆる手を使ってね。(オノ・ヨーコ) 昨年、11月に、孔雀の切り絵が表紙になった『アフリカ』最新号を出してから、書けなくなっていました。 書けないと言っても、自分ひとりだけの「朝のページ」は2016年の春から毎日、途切れなく書き続けているし、TwitterやThreadsといったSNSでも書いているし(それは自分にとっては「喋っている」感じなのですが)、「水牛」と「道草の家のWSマガジン」には毎月、ちゃんと〆切を守って書いています。 どうしてこ
こちら(note)では、少々ご無沙汰しています。いかがお過ごしでしょうか? 「道草の家のWSマガジン」は毎月、更新しているのですが、noteとの付き合いは最近はそちらがメインになっています。これは、今日更新した、11月号です。 『アフリカ』は、表紙の切り絵を手がけてきた向谷陽子さんが急逝して、その衝撃で沈んでいましたが、今週、その追悼企画を入れたvol.35を出したところです。 切り絵をたっぷり収録した、珍しく「見る」の多い号です。『アフリカ』史上初のカラー・ページもあ
アフリカキカクより、心をこめて、お知らせします。2006年のスタート以来、17年にわたって『アフリカ』表紙の切り絵を手がけてきた向谷陽子さんが、8月29日、事故により急逝されました。『アフリカ』編集人とは25年の、深く、ながい付き合いで、巨大な衝撃と、悲しみと、喪失感に襲われています。向谷さんの情熱と、愛と、ユーモアがなければ、『アフリカ』はありませんでした。あなたと出会えてほんとうに良かった。その全てに感謝して、心からご冥福をお祈りします。下窪俊哉 2023年9月1日 h
きみの魅力はなにかの罠なのだ(福間健二) 今日、府中で撮った写真をよく見ると、そのなかに最近亡くなったはずの人(と似た人)が歩いている。 その人のことを思い出して、ある書店に寄った。その人の詩集を1冊、買った。移動中に読んだ。声にしようと思わなくても、自然と声が溢れてくるような、よい本だ。 私は東京の某所で5、6年前、その人に何度か会ったことがある。その人は私の親より少し年上というような年齢だった。でも正直な感想を言うと、もっと老いている人のような感じがした。 その某
オートバイの音は消えたが、滲みるような音があって、空から下ってくるようにも、頼りない感覚で足の下に感じている大地から、昇って来るようにも感じられた。彼はその音に閉じ込められているように思った。(小川国夫「重い疲れ」より) 毎年、春はどうにも心身の調子が悪い。何となく心身と書いてしまったが、じつは心が弱っているのだということを知っている。 私は物心つく頃からの生粋の吃音者で、しかし当時はキツオンと言われても何のことやらわからない、しかし幼年時代は派手に吃っても悩むことはあま
分かってあげられない。しかし分かっていないことは分かっている。(梨木香歩) ある方から教えてもらって、気づきましたが、今日は『音を聴くひと』の誕生日らしい。『音を聴くひと』というのは、私・下窪俊哉の作品集で、2013年頃までの短篇小説とエッセイ、『アフリカ』の編集後記などが詰まっている本です。奥付を見ると、たしかに3年前の今日・6月21日が発行日になっています。 2020年、パンデミックの春、社会には緊急事態が宣言されて、妙な雰囲気の中、私は『音を聴くひと』をつくっていた
わたしはこまって、どぎまぎして──未来のことはわかりませんよ、と答えた。概括するということがわたしには苦手なのである。(長谷川四郎) さて、遅くなってしまいましたが、『アフリカ』最新号(vol.34/2023年3月号)をご紹介しましょう。 楽屋話は例によって「水牛のように」4月号の「『アフリカ』を続けて(22)」で書いています。それを読んだ方には、くり返しになる部分もあるかもしれませんけど、ここでは誌面を写真で見ていただきつつ、少し内容に入り込んだ話をしましょうか。 そ
noteから連絡が来ている。「5月31日までに記事を書くことで連続投稿を8ヶ月に伸ばすことができます。今月もnoteを書いてみませんか?」だって。そんなことは他人から言われてどうこうするようなことではないでしょう。ましてやシステム(機械?)から! だいたい誰に向かって口を聞いていると思っているのか。おれは2019年には365日、毎日ずっとここに書いたではないか。毎朝、ペンを持って書いている「朝のページ」は7年以上続いている。相手を間違えてないかい? なんて機械(?)を相手に言
『アフリカ』最新号が完成する少し前に、『るるるるん』vol.4が届きました。 『るるるるん』については、以前にも書いたことがありますが、UNI、かとうひろみ、3月クララという3人が、「毎回、決められたお題から、それぞれの短篇小説を書き発表する」というプロジェクト(そのお題はTwitterで募集したり、信頼する人に候補を出してもらって決めたりするらしい)。 私はvol.1を未読、vol.2から読んでいて、vol.2には「冷蔵庫」、vol.3には「鏡」というお題がありました。
なぜ旅に、と訊かれたら 書くのは正気をたもつためと答えるつもりだ (神田由布子「vehicle」より) 3月も終わります。いろんなことがあった冬を越し、もう春。私は、昨年2月から沈黙していた『アフリカ』を動かして、新しいvol.34を出しました。2023年3月号。 短編小説と詩の意欲作が並ぶ、原点回帰とも言える1冊。ユニークな試みの数々が光ります。それから身辺雑記的なエッセイ & 漫画に加え、『モグとユウヒの冒険』の作者を回想する空族・富田克也ロング・インタビューもあり。
このアカウントでは元旦に書いて以来です。いかがお過ごしでしょうか。 その時に書いた通り、『道草の家のWSマガジン』を1月、2月と続けてリリースして、そのたびに「WSマガジンの会」というウェブ会合をやったりしながら、『アフリカ』次号に向けても動き出していましたが、3月には仕上げられそう。 つまり今年は再び、書いたり、つくったりすることが活発になっています。 そうなるとここ(note)で書く方は疎かになりますが、それでもいいんだよ、というふうにも思いつつ、でもこういうところ
近しい人を亡くした人、絶望の淵に立っている人のよりどころとなるのは、まさに日常そのものだけなのです。(スヴェトラーナ・アレクシエービッチ) あけましておめでとうございます。2023年になりました。昨日が今日に、先週から今週に、なっただけですけど…と今年は例年以上に言ってみたくなる気分で年を越しました。どうしてかなあ? 大晦日の夜は、Twitterのスペースという音声機能を使ってフランス在住のアマヤドリさんが「忘年会のようなラジオ」という時間を持たれていて、私もはじめの方で
とはいえ歩いているとふと、何かの前兆に打たれる。(ヴァージニア・ウルフ『波』、森山恵・訳) 先月、「ワークショップ・マガジンを始めよう!」と題して企画書のようなものを書きましたが… その後、いろいろと楽しいやりとりがあって、とりあえず本日、最初の号をリリースしたところです。出来たてホヤホヤ! どんなの? まずはぜひ、読んでみてください。 今日はとりいそぎ、お知らせまで。12月になって、すっかり冬らしくなりましたが、おからだを大切に、よい季節をお過ごしください。 (つ