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500.人を想う仕事をする
特質と利点、という話がある。
あなたが提案しているもの、提供しているものは一体なんだろうか。
あなたの商品やサービスの特性ばかり見ていないだろうか。
残念ながら、そんなものに顧客は興味はない。
興味があるのは、その結果どうなるかだけだ。
あなただって一人の消費者。
きっとそうであるはずなのだ。
例えば英会話教室では、英語が話せるようになりたい人に向けた学びの場の提供ではあるが、果たして本当にそうなのだろうか?
グローバルな人材を世に届けるための場かもしれない。
仕事の選択肢をより広げるための場かもしれない。
海外で生活がしたい人に向けてかもしれない。
一体、あなたは何を提供しているのだろうか?
それは目に見えるものでもなければ、今この瞬間の現在的な話でもない。
その商品サービスから想像できる、幸せな未来像。
これを提供しているのだ。
人を見ていない発信は誰にも刺さらない。
人のことを考えない想いは誰にも届かない。
あなたは一体何をしている人なのだろう?
何を提供している人なのだろう?
それは一体、誰に届くのだろう?
ラブレターは手紙を渡したいのか?言葉を届けたいのか?
メールやLINEではなく、紙に起こした文字は特別なのか?
印刷したPDFファイルではなく、手書きである必要はあるのか?
それらを通して、何が伝わるのか?
ラブレターは手紙を渡しているのではない。
現象としては、手書きの文字を書き連ねた手紙を渡しているのだが、届けたいことはそうではない。
それが届ける「何か」の本質である。
その商品を、そのサービスを通じて何を届けたいのか?
届けたその誰かは、その何かが届いた結果どうなるのか?
その体験や感情までデザインすることが、「何を」を考える鍵である。
目に見えない想いや、不確定の未来図を、こうだと信じて提供しているのである。
コンテンツを信じること。
コンセプトに誇りを持つこと。
届ける誰かへの愛を大切にすること。
この辺を固めれば、きっとより洗練したものになるはずだ。
人を見て仕事をする、という点はとても重要だ。
一発信者から抜け出して、次のレイヤーで仕事をするには必須であると感じている。
本当に、あなたの仕事は人を見ているだろうか。
人のことを想っているだろうか。
あなた自身が、その発信に心の底から惹かれているだろうか。
その何を魅力に感じているのだろうか。
本当にそのアウトプットでいいと自分自身が思えているだろうか。
あなたが顧客だった場合、その商品サービスを本当に選択するだろうか。
人を想う仕事は、自分が顧客だった場合に魅力に思えるかどうかが全てである。
その仕事は、エゴの塊ではないだろうか。
あなたの思うユーザー目線は、本当にユーザー目線だろうか?
ユーザーにこう届けばいいなと思う、発信者のエゴは入っていないだろうか?
本当に、ユーザーの立ち位置から考えているだろうか?
ユーザーの生活を、想いを、感情を、価値観を想像し、理解しているだろうか?
自分が発信したいことは、漏れなくすべて排除してほしい。
相手にどう届くか考えることも、だいたいはエゴなので片っ端から取っ払ってほしい。
伝えたい何かの強みやメリットの押し付けではない。
求めていないものを提供しても、それはそもそも強みでもメリットでも何でもなくなる。
起点を見誤るな。
あなたではない。
何かの商品やサービスでもない。
物事のすべては、ユーザーが起点で巻き起こる。
何かを提供する際、何かを伝える際、必ず通るべき道だ。
あなたの仕事は、人に届いているだろうか。
この観点を研ぎ澄ませていくことが、今年のテーマの一つでもある。
僕もいつまで経っても勉強中。
共に学ぼう。
人を想う仕事をしよう。