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毎週700kmの大移動していた頃のお話

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7ヶ月間、毎週毎週、東京と広島を行ったり来たりしていた日々を綴ります。苦悩の日々でしたが、僕の人生においてとても大切な期間でした。
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記事一覧

318.【東京広島物語⑩】あの頃と同じ、決断の秋のリスタート

マガジンを整理していると、2年前に書いていた自伝を見つけました。 自分の5~6年前の物語でした。 人生で最も大きな転機を迎えた頃のお話です。 読み返してみました。 2年前の文章はところどころ稚拙だけど、面白い。 我ながら興味深い人生を歩んでいるな、と改めて感じた次第でした。 ただ、途中で書くのを止めていました。 ⑨で止まっていたので、久々に⑩から改めて書き進めようかと思います。 といっても、もうすぐこの話は終わりそうですが。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

96.【東京広島物語⑨】人生で一番葛藤した夏。思いの渦巻いた夜。

夏。 あの年の広島の夏は自然豊かで、風が熱くて、やること全て初めてのことばかりで、行くところ全て初めての場所ばかりで、僕にとってはとても新鮮な夏でした。 この続き。 高低差の多い広島市周辺では、少し高いところに登ると視界が開けます。 コンビニの駐車場からこんな夏の景色。 続いてもコンビニの駐車場。 これは山口県だったかなあ。 空の青さは、滋賀や京都にいた頃を思い出させてくれました。 真夏の呉駅。 呉も歴史ある街で、非常に興味深く趣のある場所だった記憶があります。

88.【東京広島物語⑧】勝手に腑に落ちることはありません。 道端に腑が落ちていることもありません。

いろいろ考えて、不安になる。これらを乗り越えられる日は来るのだろうか……。 当時書いていた日記に、広島生活三日目のことが記されていました。 この続き。 いよいよ広島に異動した直後のお話です。 始まった広島生活さて、広島に来た僕はまず、観光に行きました(笑) まあまずは、宮島でしょう。 鹿を見て、奈良を思い出しました。 でも奈良公園の鹿ほど気性は荒くありませんでした。 有名な、厳島神社の鳥居。 滋賀にも同じように水の上に浮かぶ鳥居を見ることができますが、潮の満ち引き

77.【東京広島物語⑦】自問を続ければ、答えに辿り着くことはできるのだろうか

答えとは何なのだろうか。そもそも何かに辿り着くことはできるのだろうか。問いかける。正解などなくとも、決断の時は迫る。 さて、前回の続き。 そんなことを思っていた、前回の記事から二日後のお話。 「広島に異動してもらうことになった」 上司お得意の冗談かと思いました。 結構ジョークが達者な方ですが、仕事が鬼のようにできる人です。 会社で最も尊敬しています。 その人が言うものだから、本気で冗談だと思ってました。 何言ってるんだろう?と言われた瞬間理解できないという現象が、人生

66.【東京広島物語⑥】なぜだか急いでいる。走っている。何とかしようと思っている。その僕自身が、決意の証明だった。

時間の使い方を変えようと決めた僕は早速何をしたかというと、というお話。 前回の続きです。 いろいろ自分の選択肢を広めようと思いましたが、何をどう学べばいいのかさっぱりわかりません。 先輩の助言から、さらに先輩方につなげていただいたり、学ぶ場に足を運んだり、いろいろ新しいことをやってみることにしました。 ただ、そのためには当たり前ですが学びますと門を叩く必要があります。 学ぶ人を決める必要があります。 そりゃそうです。 野球だって、イチローや松井秀喜など名打者はたくさん

63.【東京広島物語⑤】夢が叶っても、目標を成し遂げても、夢の先はまだまだ続く

僕の夢は、大学二年生の頃に生まれました。 小説を世に出すこと。 つまり出版です。 どうせなら紙の本で、自分の本が本屋さんに並ぶ光景を見るのが夢です。 時間をどうやって捻出していこう……と考えていた二年目の僕。 仕事は少しずつ増えてきて、たくさん覚えてきて、時間がどんどんかかるようになってきました。 土日の時間を使って、書こうとしてみました。 平日の仕事終わりの時間を使って、書こうとしてみました。 進んだと思いますか? ええ、全然進みませんでしたとも。 結局、寝たり

58.【東京広島物語④】朝活するだけで特別になれると思っていた僕は、そうではないことに気づく

「それならさ、朝活せーへん?」 いつかの年始の挨拶をくれた先輩から、しばらくやりとりが続いて、ふとそんなメッセージがきました。 この続き。 朝活云々、というのは、確か本が好きという話からの派生だったような気がします。(うろ覚え) もっとがっつり読みたいけれど、仕事も遅いしどこで時間創ればいいんだ、と思っていた頃でした。 朝か……と思いましたが、僕はどちらかというと朝人間です。 ありだな、と思いました。 意識高いな、と思いました。 意識高い、というフレーズは時に揶揄

54.【東京広島物語③】「本当は」ってなに?「どう”なりたい”」ってなに?

またまた僕自身のお話。前回の続き。 広島に行って東京に戻ってきたのはわかるけど、そもそも転勤前に東京で何があったの?なんでそんなに戻りたかったの?というお話です。 興味あるのかな。ないか。まあ、記録だし、いっか。 さて、自己紹介の記事にも書いていますが、社会人一年目で上京してきました。 東京は本当にテレビの奥の世界で、渋谷の交差点とか、東京タワーとか、滋賀には一つぐらいしかないような数十階の建物とか、すげーって思い続けながら生活していました。 友達は東京には全然いませ

52.【東京広島物語②】前に進むから壁が出現するにしても、そんな一気に来なくてもいいじゃん。

さて。 前回はこちらでした。早くも第二弾。 生きていると、俺そんなに悪いことしたっけな〜、と思うほど理不尽な壁が立ちはだかることがあります。 ただ、壁が現れるのは前進している証拠だよ、というのも聞いたことがあります。 本当にやってくるんですよね。 しかも厄介なことに、まとまって、いくつも。 壁はいいんだけど、何もそんな一気に来なくてもいいじゃん。 って当時思いました。ほんとに。 壁は前進した者の前に現れるそもそも、僕にとっての前進は、働き方や生き方を変えていきたいな

51.【東京広島物語①】その700km先に、何かあるんじゃないかと思っていたあの頃。

東京と広島の距離をご存知でしょうか? 直線距離は700km弱、道だと800km強。 広島から見ると、余裕で韓国のほうが近いです。 この距離を、毎週末、往復していた時期がありました。 意味不明ですよね? 僕もなんでそんな行動を続けていたのか、未だに謎な部分があります。 きっかけは、東京でのたくさんの出逢いでした。 詳しくはまた書きますが、いざ新たな世界に一歩踏み出そうとしたときに、広島転勤を命じられたのです。 そのままバイバイすることもできたかもしれなかったけれど。