プリンスのい(ら)ないプリンセス 映画「シュガー・ラッシュ オンライン」レビュー
プリンスのいない、いや、いらないプリンセスが登場した!
映画「シュガー・ラッシュ オンライン」の話である。
アーケードゲームの悪役であるラルフと、同じくゲーム「シュガー・ラッシュ」の孤独なカーレーサーのヴァネロペの友情を描いた「シュガー・ラッシュ」の続編。本作はタイトル通りインターネットが舞台となる。ネット社会への風刺など様々なテーマが内包されているが、私が注目したのは「プリンセス」。ディズニーの代名詞ともいえる彼女たちの描かれ方は、今までとは大きく変わっていた。主に二つの点においてである。一つは、これまでのプリンセスストーリーに対する「ツッコミ」が出てきたこと。もう一つは、ヴァネロペ(彼女もプリンセスである)の描き方。
まず、歴代プリンセスが会するシーンを軸に第一の点をみていこう。
1)「プリンセスあるある」に対するディズニー渾身のツッコミ
プリンセスたちは、ディズニーのオンラインサイトにヴァネロペが足を踏み入れるシーンで登場する。ひょんなことからヴァネロペは「プリンセスの部屋」に入ってしまい、ディズニーの歴代プリンセスたちと出会うのだ。このシーンでの、「プリンセスあるある」に対する批評がすごい。ディズニー、自分たちが創ってきた映画にここまで言うのかと思ったくらいだ。
ヴァネロペが「私もプリンセスだよ」というと、シンデレラやベル、ラプンツェルは彼女がプリンセスかどうか確かめるために質問を始める。
曰く。
「魔法の髪/手は(ある)?」
「動物とおしゃべりする?」
「真実の愛のキスは?」
「誘拐や監禁は?」
ヴァネロペはそれに対し「気持ち悪い」「そんなことする人いない」とツッコミを入れる。もっともな対応だ。しかし、ヴァネロペが聞かれたことは「プリンセスストーリー」にとってはお決まりの要素なのだ。プリンセスは「優しくて」「動物とおしゃべりできて」色々と酷い目に遭って(継母からのイジメ、誘拐、監禁、毒etc)、王子様に助けられて真実の愛を見つける。「プリンセスストーリー」の大体の流れはこうである。もちろん、今までも自ら戦いに向かうムーランや王子以外との間に真実の愛を見つけたエルサ&アナなど、こうした要素から外れたストーリーを歩むプリンセスはいた。しかし、笑いのネタにしたのは「シュガー・ラッシュ」が初めてだろう。
そして極めつけはこの質問だ。
「男の人がいないと、何もできないような女の子に思われてる?」
そう。プリンセスの多くは「プリンス(/男性)」の助けが必要な存在として描かれている。先ほども書いたように、好奇心旺盛で自分で道を開いていくプリンセスも多い。しかしそれも物語の途中までだ。悪いことをせずとも彼女たちは何らかの形で囚われてしまい、そこから救い出すのは男性の役目となっているのだ。この流れはあまりに当たり前のものとなっていた。しかし「プリンセスらしくない」ヴァネロペの視点(現代的な視点ともいえる)により、プリンセスストーリーの中のジェンダー観が客観的に示される。このシーンはユーモラスでありながら非常に大切なことを示唆しているのだ。
しかし、問題提起はしているものの、今までのプリンセスたちを否定しているわけではない。最後には、全員がそれぞれの特技を使って活躍するシーンがある(これについては後述)。
2)プリンセスのイメージが壊れる?
また、プリンセスたちはおよそ「プリンセスらしくない」行動をする。
そもそも最初にヴァネロペを見かけた時は、警戒心をむき出しにして武装するのだ(武器がフライパンやガラスの靴などそれぞれの登場人物に沿っているのが面白い)。そして打ち解けた後は、ヴァネロペのパーカーに憧れ、みんなで部屋着姿に着替えごろごろするシーンまである。ネットでは「プリンセスのイメージが壊れる」というコメントも見かけた。確かに、イメージは壊れるかもしれない。しかしそれはむしろいいことだと思う。きちんとした服を着て礼儀正しく振舞うプリンセスたちが、シャツ姿で寝そべっている。そんなプリンセスたちはとても楽しそうだ。もちろんドレスが悪いわけではないが、窮屈なドレスを脱ぎ自由に振舞えるプリンセスが描かれるのも、今の時代だからこそだと思うのだ。
3)自分で選択するプリンセス、ヴァネロペ
では、本作のプリンセスであるヴァネロペはどのように描かれているのだろうか。
私は、この記事のタイトルにもしたように「プリンスのい(ら)ないプリンセス」だと思っている。一応ラルフという男性キャラクターはいるが、彼とヴァネロペは友人同士だ。またラルフの言動を見ていると、年齢差のせいもあってか、ラルフはヴァネロペの親のような立場ともいえる。決して「プリンセスとプリンス」の関係ではない。そして最も重要なのは、ヴァネロペは自ら住む世界を選ぶキャラクターであり、恋愛や結婚がゴールとなっていないところである。以下、ネタバレを含め詳しく述べていく。
ヴァネロペは「シュガー・ラッシュ」に戻ることを選ばない。悩んだ結果、オンライン上のカーレースゲームで暮らすことを決意するのだ。そこは「シュガー・ラッシュ」のファンシーな世界とは正反対の、荒廃した街を舞台としたゲームだ。しかしヴァネロペはその予測のつかない世界に魅せられ、自分が本当にやりたいことはここにあると感じる。そしてラルフとのすれ違いなど困難を経て、最終的にはカーレーサーとしての道を選ぶのだ(プリンセスの肩書を捨てたともいえる)。私は正直に言うと、この展開には驚いた。主人公が全く違う世界に一人で移り住むことは稀であるし、ましてやプリンセスであればなおさらだ。
また、ヴァネロペは困難に巻き込まれはするが、ラルフに助けられるというよりは協力して乗り越える。さらに新しいゲーム世界でヴァネロペの助けとなるのは、シャンクという名の(とてもかっこいい)女性である。つまり、男性に助けられるヒロインではなくむしろシスターフッド的な女性同士の関係が描かれるのだ。
自分で決め新しい世界に進むヴァネロペと、それを支えるシャンク。ディズニーはプリンセス像をまた一歩推し進めた。
4)最後に プリンセスたちの活躍
プリンセスたちが活躍するのは、簡潔に書くと危険な目に遭ったラルフを助けるシーンである。それぞれが特技を使ってラルフを救うこの場面は、従来の「男性が女性を救う」という図式をひっくり返している(しかも、ラルフはドレスを着せられるのだ!)。そしてその女性陣は「男性がいないと何もできないような女の子に思われてる」プリンセスたちだ。ここでも、ディズニーによるプリンセス観のアップデートが行われている。
Me Too ムーブメントやWomen's Marchなど女性たちの声がますます強くなっている今の時代に製作された「シュガー・ラッシュ オンライン」は、プリンセスストーリーの分岐点と言えるだろう。ジェンダー観はこれからもどんどん変わっていく。これからのディズニー・プリンセスはどのようになっていくのだろう。私はとても楽しみだ。
追記:
*プリンセスとジェンダーについては、若桑みどり氏の「お姫様とジェンダー アニメで学ぶ男と女のジェンダー学入門」(ちくま新書)がおすすめである。