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水面のようにゆらゆらと

十二月に入って、さらに忙しさが増してしまった。毎日を生きることに必死で、いつの間にか、「自分を大切にする」ということを、忘れてしまいそうになる、時がある。

わたしが、働いているカフェは、常連さんばかりなので、すごく落ち着いていて、仕事も好きなのに、人間関係が複雑でそこだけを我慢すれば良い、とそう思っていたのだけれども。

女性だらけの世界は、とても怖い。それが店長なのだから、もうなおさら。

店長である前に人間なのだから、イライラしたり、しんどい日だってあることは分かっている。それでも。それでも、と思ってしまう。

機嫌によって、コロコロと変わる態度、言葉。機嫌が悪い時に話しかけても無視をされ、何かを聞こうとすれば、「それ一回教えたじゃん?なんで出来ないの?」と、怒られる。

フード作りもあるのだけれど、トレーニングは一回のみ。それで分量も、作り方も全部覚えなくてはいけなくて、ほんのすこしでも間違えたら、店長の機嫌の悪さに拍車がかかる。

ちょっともうしんどいかも…と思い続けて、半年。そろそろ、本当にしんどくなってきた。

職場の休憩中に、涙が止まらなくなる。それでも、大丈夫なフリだけは得意で、ストレスの捌け口にされるのはいつものことで、「大丈夫」だと、言い聞かせていたけれども。

夢にまで出てくるようになった。帰ってから、毎日毎日泣いている。処方されている睡眠薬を飲んでいるはずなのに、上手く、眠れない。肉体的な疲れよりも精神的な疲れの方が、わたしは、しんどくて、疲れ果てていて、外食になってしまう。自炊すらまともに出来ない自分に、嫌悪感を抱く。

負のループが、続いている。

それでも、たまにとても機嫌の良い日がある。「いつもありがとうね。」そんなことを言われると、辞めようと思っていたわたしの心は、いとも簡単に、揺らいでしまう。ゆらゆらと。

店長が大変なのは知っている。だからこそ、どうにか負担を軽減させられたら良いな、と思っていた。その、気持ちを上手く利用されている気がする。

色々なことが、難しい。店長が、その時望んでいることを望んでいるままに、汲み取ろうとすればするほど、わたしはどんどん透明になっていく。

紙袋が、紙カップが、色々なものの補充が足りていないと、あからさまに不機嫌になる。それを知っているから、退勤時間を過ぎても、せっせと補充をする。そこには、店長への配慮とかではなくて、怒られませんように…という恐怖しかなくて。

それでも、怒られる。補充し過ぎだと怒られる。退勤時間が遅いと、怒られる。補充していなくても怒られる。中途半端でも怒られる。

分からない。店長が、その時望んでいることを、汲み取るなんて出来る訳ないのに。

人には人のやり方がある。マニュアル通りに出来ているなら、それで良いはずなのに、店長は自分のやり方でやって貰わないと気が済まないらしい。

わたしの店舗は七十席以上もあるのに、平日の昼間に入れるのは三人しかいない。圧倒的に人が足りない。だから、他の店舗からヘルプに来て貰うことの方が多い。ヘルプに来て下さった方は、口を揃えて言う。「この店、独特なルール多すぎ。」ほんとうに、その通りだと思う。

仕事を始めて半年が経った。たった、半年。ただのパートなのに、午後の時間、店長の居ない時間帯は、全ての責任を押し付けられる。もうそれが当たり前だと、言うように。

明日は休みのはずだったのに、「お願いしても良い?」と、優しい声で言われる。すごく申し訳なさそうに。ずるい、と思う。わたしが直接頼まれたら、断れないことを知りながら。だから、わたしはまた明日も休みなく働き続ける。

年末で、辞めたいと、思っている。その一方で、今わたしが辞めたら、大変なことになるよな…って気持ちが、わたしを引き止める。人手不足なことを知っている。店長が大変なことを知っている。ストレスの捌け口にされているのに、なんで情を寄せてしまうのか、自分でも自分が分からなくなっていく。こんな、自分が、嫌いだ。わたしは、わたしが大嫌いだ。

上手く、書くこともできずに、なにが言いたいのかも分からないこの文章を、夜中に一人で泣きながら書いて、また明日からも頑張ろう。そう思って。明けない夜はないというけれど、その夜が、あまりにも長すぎて。

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紫吹はる
喫茶店で珈琲飲みながら、優雅に創作します(嘘)。お気持ちだけでほんとうに嬉しいです。いつもありがとうございます。