年下になっても、侮れない君たち
読書感想文 『巴里マカロンの謎』米澤穂信
11年ぶりの<小市民>シリーズ。11年ぶり!11年前.....小市民シリーズを読んでいた当時高校生だった私も、いまはアラサー。主人公である小鳩くんと小山内さんとは随分歳が離れてしまったな、と思いながら読み始めた。
『巴里マカロンの謎』は4つの短編からなるが、時系列は繋がっているため、1冊の作品としても完成されている。ミステリとしては、ややこしいトリックも、複雑な人間関係もなく、極めてシンプルでわかりやすい。血生臭さもなく、幅広い人に勧められる一冊だ。前作は、読んでいた方が小鳩くんと小山内さんの関係性がわかるのでオススメはするけれど、読んでいなくても楽しめると思う。謎解きと同じくらい語られるスイーツへの愛情は、手元に温かい紅茶が欲しくなる。
米澤穂信先生の一般的なイメージってどんなだろう。やはり、京都アニメーションよって鮮やかにアニメ化された『氷菓』(<古典部>シリーズ)のイメージが強いのだろうか。山本周五郎賞に輝いた『満願』だろうか。青春ミステリの旗手でありながら、本格ミステリも書かれる先生だけれども、どんなお話でも、後味を”すっきり”させず、しっかりと苦味があるのが特徴的だと思っている。
”すっきり”ならない理由の一つは、謎を解き「明かさない」からではないだろうか。探偵と助手、そして読者は答えを知るも、当事者たちは謎を「明かされない」ことが多い。結果として、明確に犯人が「何故、そんなことをしたのか」が当人から語られることはなく、Why done it? が探偵と読者に委ねられたまま終わる。特に<古典部><小市民>シリーズは、謎自体が犯罪であることは少なく、警察に逮捕されるなどの犯人に対する社会的制裁はない。
<小市民>シリーズでは、結末までもが探偵の手を離れて事件当事者や関係者に委ねられてしまう。だから、どう終結したのか想像はできるけど、明確には描かれない。情報過多な社会にあって、結末を急いで知りたい私たちにとって、この終わり方は少々物足りなさを感じる人もいるのだろうと思う。
ただ、一方で、現実ってそういうものではないか、とも思う。つまり、結局サビのところをいつだって聞きたくて、コーダなんてどうでもよくなってしまう。凶悪事件がおきた時、犯人を「死刑にしろ!」と結果を急いで望むのだけれど、じゃあ裁判まで追っかけている人がいるのか、というと、そうでもなさそうだ。2〜4年後にニュースで判決を知って「まぁ、そうだよね」と感想を呟くくらいか。ニュースにすらならない事件なら、当事者と熱心なフォロワーしか結末は知り得ない。そもそも、結末があるのかも、わからないけれど。
そういう意味で、<小市民>シリーズは可愛らしい、美味しそうな中に、リアルな苦味を内包している。今回の『巴里マカロンの謎』にもこの苦味がしっかりと残る。マカロンをめぐる、いささか昼メロ感のある人間関係の中で、フォーカスされるのは「被害者」の心なのだけれど、その「被害者」は謎においては「加害者」であったりする。私たちは「被害者」も「加害者」も責めることができず、ただただ、自分たちではどうしようもない結末を想像する。
もし私に小鳩くんや小山内さんのような、ある種の豪胆さが備わっていたならば、そこに登場するスイーツのようにエンタメとしてただ美味しくいただけるのだけれど、残念ながらこちとら紛うことなき小市民なので、残る苦味を一生懸命に咀嚼してしまう。ただ、この苦味を楽しみにしていることも確かなので、本当に侮れない高校生なのだな、君たちは。とアラサーは楽しく踊らされた。