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居酒屋巡りの旅 名酒を求めて

 太田和彦氏の『太田和彦のふたり旅 新・居酒屋百選 名酒放浪編』(光文社新書)という本があります。日本全国の「名酒」と呼ばれる居酒屋の場所や街並みの風情をふんだんに織り交ぜた写真とともに綴っています。
 著者の太田和彦氏はデザイナーとして活躍する一方、居酒屋好きが高じて日本全国各地の居酒屋を訪ね、数々の著作を世に出しています。本書はBSイレブン「太田和彦のふらり旅 新・居酒屋百選」という番組をもとに書籍化した内容です。

 本書は中高年夫婦を対象とした番組で構成された内容です。若い世代にとっては昭和の香りが漂う古臭さを感じ、少し違和感を持つでしょう。しかし、太田氏が訪れた数々の街の中で本書に紹介されている場所は旅の味わいを楽しめる選りすぐりの街だといいます。
 本書から3つのスポットを紹介することにします。


① 神楽坂


 東京は飯田橋。駅から降りれば上り坂にある場所。それが神楽坂です。神楽坂にはお酒をこよなく愛する者たちがこぞって集結してきます。太田氏は新しい居酒屋が次々と出てきているといいます。

< 新しい居酒屋がもぞくぞくできている。「石臼挽き手打蕎楽亭」はカウンターと机席とが清潔で広く、大勢の白調理着板前、黒前掛けのお運び女性がてきぱきと気持ちがよい。居酒屋としてもたいへん充実し「蕎麦前」どころかそっちをメインにできる。酒は、それぞれ解説つきで全国もれなくそろい、肴も正才ふぐの刺身、昆布森の生牡蠣、小柱の刺身、明石蛸つぶ、松茸とハモの小鍋、穴子の胆の佃煮など本格料理屋と変わらない。蕎麦屋に腕を問われる天ぷらは特にすばらしく、一品から注文を受けて目の前で掲げる「チュンチュン」という音の良さ。<才巻き海老>はまず頭をさっと揚げ、次いで身を。殻を開けた<はまぐり>は大きいのをそのままに、小柱のかき揚げは合わせた緑が美しい。
 若い主人は脱サラして神田の名蕎麦店「松翁」に入り、わずか3年の修業で暖簾分けを許されるまでになった。出身は会津。「店を始めるときは故郷なんかに目もくれず、全国の名食材で勝負と思っていましたが、そうしているうちに逆に会津の良さがわかるようになって」という言葉がいい。>

前掲書 p.21-22

 「蕎楽亭」で店を切り盛りする若旦那は福島県会津地方の酒や食材の美味を都内に広めたいという強い想いがあったのでしょう。このような若手の料理人が進出することは酒飲みが好きなサラリーマンや企業経営者にとって憩いの場の確保につながるでしょう。


② 広島


 次に広島を見ていきましょう。ここには地元ならではの名酒の店がずらりと並んでいるそうです。

< 広島は名だたる酒どころ。市電の走る中心街・相生通り近くの「酒商山田 八丁堀店」はモダンな店内に地酒はじめ全国の銘酒をそろえ、一角の「山カフェ」はお奨めの酒をグラス一杯500円で飲める。さらに今日の<つまみ盛り三種>は<牡蠣豆富・穴子の湯洗い・観音葱と地蛸のぬた>で500円はお徳用、最近は女性の立ち寄りがたいへん多いそうだ。
 さて本番は夜。地元の居酒屋ツウに教わった、繁華街をややはずれた居酒屋「こでまり」は、地酒「千福」の薦樽こもだるを飾った入口前が広い。店に立つ、丸刈りにそろいのハッピの2人は一目で親子とわかる。
 瀬戸内の新鮮な刺身をはじめ、100種以上のならぶ品書きは、あなご胆ポンズ、ひらめ胆ポンズ、鯛皮ポンズ、あたりに実力が見え、広島名産という<よなき貝刺>はトマトのような真っ赤な身がこりこりして香りがいい。>

前掲書 p.52-53

< もう一軒。流川通り繫華街の飲食ビル1階奥の「小料理バー はまき」は、広島の単身赴任ご用達と聞いた。
 <2019・4・17(水)晴れ 今日も一日おつかれさまでした。とても暖かく春が来たなあと気持ちも軽くなりますね♪ もうすぐゴールデンウイークですね。どこかお出かけされますか?>とある、毎日書くという品書きの前書きは男ごころをくすぐり、カウンターに並ぶ大皿、根菜きんぴら、鶏きも煮、サワラの南蛮漬け、鶏肉と白ネギの塩昆布炒め、極太アスパラ肉巻、牛ハラミとはなっこりータレ焼などに、湯気を上げた若竹煮が追加され、心はわしづかみだ。(中略)
 3人の子育て中という女将は、子供のころから台所を手伝い、「私が炊いたご飯がいちばんおいしいと母が褒めてくれたのが嬉しくて、料理好きになった」そうだ。まさにすべてが男泣かせ、単身赴任族ご用達もむべなるかな。日々作る料理は健康を考えて野菜を多めにし、毎日通っても変わったものがあるようにしている。お通しで出た<フキ・厚揚げ・鶏肉の含め煮>のおいしさを忘れない。>

前掲書 p.55-57

https://koryouribar-komaki.com/


 新鮮な刺身の品種が豊富に取り揃えている店。親が料理を褒めてくれたおかげで来客に健康的で美味しい料理に心血を注いで作る女将が構える店。広島県民の方々は人情味あふれる店に度々訪れ、明日への英気を養っているのでしょう。


③ 名古屋


 最後は名古屋を見ていきましょう。味噌カツが有名なことで知られる名古屋ですが、それ以外にも海産物と酒を堪能できる名店があるそうです。

< 私が名古屋に行く最大の目的は、日本一の居酒屋「大甚本店」に入るためだ。
 場所は広小路伏見交差点、地下鉄出口のすぐ前。黒い焼丸太仕上げ3階建ては風格があり、夕方4時開店の30分ほど前から並び始め、暖簾が上がるや一斉に入店。中は奥に深く、8人掛けほどの大机がいくつも置かれ、奥には小机の小上がり。カウンター席はない。メニューはなく、端の大机にずらりと何十種も置かれ湯気を上げるのもある肴の小鉢から好きなものを取る。なくなればどんどん追加され、250円からせいぜい350円の肴はどれもうまそうで迷いに迷い、初めての人は4つも5つも取って片手で運べない。
 だが、ベテランの私は小鉢の人だかりを横目に奥の鮮魚コーナーへ。ガラスケースには刺身サクや一尾成魚が並んで板前が待機する。「これ何?」「白むつです」「じゃ、刺身」「それとアジ焼いて、メバルは煮魚で」「はい、かしこまりました!」。それらはでき上がると届く。そしておもむろに小鉢机から、今日は<サメ皮煮こごり>290円、<煮穴子>350円を手に自席へ。あわてなくてよい。主人の「今日は三河のナマコがありますよ、ただし4人ぶんしかない」にそれも追加だ。酒の注文は簡単、燗付場の女将に指を一本立てれば10秒で燗された長徳利が届く。言葉はいらない。>

前掲書 p.141-143

 鮮魚コーナーの注文をめぐって絶妙なやり取りは面白いです。それだけ新鮮な魚を提供できれば、客人も酒が進むということでしょう。
 大甚本店は明治40年に創業した老舗の名店です。この店の3代目主人はデニム前掛けをつけて、シャネルの大縁めがねをかけたスタイルを貫くダンディな店主です。彼の人柄にファンがこぞって立ち寄るのでしょう。大甚本店の特徴は以下の通りです。

・カウンターで主人相手にちびちびではなく、全員寄り合い祭酒のような居心地。
・何よりも「酒」を大切に扱い、そのゆっくり温めた燗は天下一品。
・肴は自分で取るので注文する必要がない。
・市場から帰った朝8時から総出で仕込む40~50品が、超良心値段。
・主人と奥様が常に店を見わたしている安心感。

前掲書 p.145

 メニューの値段は手頃で、訪れた人を「いい気分、夢気分」にする雰囲気を心掛ける店だということがよくわかります。

 旅の醍醐味として街の風景や観光スポットに足を運ぶことはよいことですが、日本全国で名高い居酒屋を探訪して、憩いのひと時を楽しむことも一興でしょう。本書を通じて旅の楽しみに付け加えてみるとよいと思います。

 因みに私は普段お酒を飲みません。ただ食材は珍味ばかりですので興味深いという立場です。
 この本を叔父にギフトとして贈呈したのですが、全く読んでいませんでした。お酒をあまり嗜むことがないのか、「居酒屋に一度訪れてみたら。」と言っても行く気がないのです。どうも「面倒くさいから。」ということでしょう。人間関係を築くのが煩わしいからです。そういうわけで本書がインテリアとして飾っているだけなのは残念に思います。


<参考文献>

太田和彦『太田和彦のふたり旅 新・居酒屋百選』(光文社新書)2020


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