マルクスと気候変動問題
斎藤幸平『人新世の「資本論」』集英社新書(2021年)
人新世とは、人類の経済活動が地球を破壊する環境危機の時代を指す。地球ではすでに気候危機が始まっていて、以前の状態に戻れなくなる地点(ポイント・オブ・ノーリターン)がすぐそこまで迫っているという。
その危機の原因となっているのが資本主義だ。資本主義による収奪の対象は労働力だけでなく、地球環境全体なのだ。しかも環境負荷は外部化されるために、先進国の人間は問題の深刻さに気づきにくい。しかし、外部が尽くされれば、いずれ先進国でも被害が可視化されるようになるし、現に被害が現れている。
環境危機がこれほど深刻化しても、私たちはまだ経済成長を追い求め、地球を破壊している。技術革新によって、経済成長をしながら二酸化炭素排出量も削減できると考えられていたのだ。しかし、それが無理であることを本書は多くの例を挙げながら明らかにする。もはや経済成長を諦めるしか道はない。
では、どうすればよいのか。著者は未来の選択肢として、①気候ファシズム、②野蛮状態、③気候毛沢東主義、④脱成長コミュニズムを示す。①では、環境弱者・難民ばかりが厳しく取り締まられ、③では中央集権的な独裁国家が成立してしまう。
著者は、新資料を手がかりとして、晩期のマルクスの思想が実は、環境を破壊する資本主義の問題を指摘しており、脱成長コミュニズムの立場に至っていたことを論証する。これまでマルクス主義は、生産力至上主義だと解されていたので、これは新しい解釈である。
脱成長コミュニズムにおいては、定常型社会をモデルにして、協同的富を共同で管理する生産を行う。著者は、脱成長コミュニズムこそ目指すべき選択肢だと主張し、その具体化として、「使用価値経済への転換」、「労働時間の短縮」、「画一的な分業の廃止」、「生産過程の民主化」、「エッセンシャル・ワークの重視」を提示する。
本書は、これまで散々論じられてきたマルクス主義に新しい解釈を示し、今まさに最大の危機として直面している環境危機を乗り越えるための武器を与えてくれる。その意味で、本書の功績は大きい。
ところで、海外では、環境危機がより自分たちの問題として認識されているという印象がある。例えば、ドイツでは環境政党である「緑の党」が、2020年9月現在、16州のうち10州で連立政権に参加するなど、支持を集めている。環境政党が支持を集めるということが私には疑問だったが、海外では若い世代を中心に環境意識が高まっている。1990年代後半から2000年代に生まれたZ世代は、世界中の仲間とつながり、グローバル市民としての感覚を持っている。彼らは環境意識が極めて高く、資本主義にも批判的だ。
一方、日本では欧米に比して気候変動問題に対する関心が低い。また、政治的優先度も低いと見なされている。そのことを象徴していたのが、2021年10月末の選挙特番だ。この時、当選した小泉新次郎前環境大臣に対して、メインキャスターに登用された池上彰氏がインタビューを行った。池上氏は、安倍政権では環境大臣として働いた小泉氏が、森友問題をあまり追及しなくなったことについて、「大臣としての仕事が大事なので、例えば財務省の公文書書き換えとか、そういうのは脇に置いておいてもいいという意味なんでしょうか」という発言した。大物政治家にも歯に衣着せぬ発言をすることが売りとはいえ、これでは環境問題はそれほど重要な問題ではないかのような印象を受ける。地球の存亡をめぐるテーマのはずが、この国では矮小化して論じられているように思えてならない。